パタゴニア旅行記

 

パタゴニアは南米大陸の最南部に位置する地方。一年中嵐の吹き荒れる、風の大地。この名前の由来は西洋人として初めてこの地を訪れたマゼランが原住民の靴下を足の一部だと勘違いして「大きな足の人々」と名づけたことの由来する。ポルトガル語でパタゴニアとは大きな足という意味なのだ。
私がこの地を最初に知ったのは小学校の頃に読んだ「ビーグル号航海記」である。以後、「マゼラン航海記」、「嵐の大地パタゴニア」と本を読むにつれてこの地への思い入れは深くなる。この旅行記はそんな私が学生生活最後の記念にパタゴニアへと旅行したときの記録であるペンギン

1.パイネまで
関西空港を2/13に発。世間ではバレンタインデーなるものが翌日に控えているらしいが、全力で無視。エアカナダでバンクーバー、そして一旦カナダに入国してトロント、トロントからチリのサンチアゴへ。合計30時間のフライトではあったが、隣に座ったポーランド人と早速会話するなど、そこまで暇でもなく時間が流れる。
サンチアゴ国際空港は早速南米っぽく、アヤシイ人々がいろいろと…ポーランド人と宿を探し、一泊6ドルというありえない価格のドミトリーに決定。この日はサンチアゴ国立博物館でモアイを見、市場で謎の食べ物を値切り、早速ピスコを飲み倒し、ベッドについた記憶がない。サンチアゴ基本的には大阪を10倍くらい濃くした街、だと考えてもらえばいい。人々の元気も、汚さも、治安の悪さも、音楽の流れ具合も、世話焼きのおばさんの比率も。私にとっては非常に居心地のいい街であったが、特に女性の方は注意を怠りなく。


2日目、プンタアレーナスへ。ニャンドゥ朝は早い。前日酔っ払って散らかした荷物をしまい、バスに飛び乗り、搭乗時刻ぎりぎりに飛行場着。南北に長いチリの最南端の街、プンタアレーナスへと向かうのだ。約4時間のフライト。なぜか機内食が2度も出てきたが、気にせずに全部食べる。最近、旅人に必要なものは胃袋と肝臓だとわかるようになった。ジェットコースター気分の飛行機から降り、バスで2時間移動。途中でペンギンとダーウィンレア(ダチョウの親戚)に出会った。どこまでも続くパンパを走り続け、プエルトナタレスの街に到着。この街がパタゴニア観光の拠点なのだ。小さくて、いわゆるコロニアル調の建物の立つ、郷愁漂う最果ての街。だが、ふるさとを遠く離れた感慨にふけることもなく、早速食事。宿で知り合った人たちと日本から持ってきた焼酎を飲み、チリワインを飲み、チリビールが飛ぶように空き、のんびりとアニマルプラネットを見ているうちに眠りにつく。ハードな飲み会は連夜続く。

2.パイネ


パタゴニアには大きく三つの観光地がある。私はチリ側パタゴニアのパイネ国立公園へと向かった。未舗装道路を車で約2時間、ホステルで知り合ったドイツ人夫婦と一緒にトレッキングをすることになった。
全部で5日間、約100kmの道のりを歩く。道事態は全て完璧に整備された登山道で、歩いていく上で問題となるような箇所は全くない。ただし、国立公園入り口でもらえる地図は1/10万の縮尺であり、等高線が100M刻みであるので地図だけ見て楽勝、と思わないほうが良いと思われる。パイネ遠景サルトグランデグレイ氷河朝焼けパイネグランデ氷河崩落







パタゴニアの代表的風景は氷河である。氷河そのもの、氷河に削られた谷、氷河湖。全てが日本では見ることにできない風景であり、水の力強さ、美しさには何時間見つめても感動させられるものがあった。言葉を費やしても感動は伝わらないので写真を紹介する。

今回、私はドイツ人の夫婦とトレッキングした。ドイツ人というと日本では「堅苦しい」「論理的」というイメージがある。しかし私が今回旅したドイツ人夫婦はのんびりした時間を楽しみ、歌と笑いを大切にする退屈しない人であった。更に驚かされたのは、彼らの母語がドイツ語であるのも関わらず、私と一緒にいるときには必ず英語で話していることであった。私に関係のない夫婦間の会話ですらドイツ語ではなく、英語を話す。なんでもないようなこんな配慮が非常にうれしかった。
連日のようにドイツ人や山小屋の人々と飲み、自然の中を歩く。チリという日本から離れた場所であるにもかかわらず、多くの人が日本と日本文化に興味を示し、「盆栽」や「能」果てはパソコンゲーム事情まで質問された。外国人にとって日本は日本人が思っている以上に不思議で、大きな国なのだろう、と感じた。伝統的な文化と最新技術の同居する東洋の島国。国土の多くが森林に覆われつつ、ビルの立ち並ぶ水に不自由しない謎の国。酔っ払った勢いで適当な日本文化を紹介していないことを祈るばかりである。ドイツ人夫婦山と滝遠くの山朝焼け





パイネ国立公園は氷河の多い場所である。雷ほどの氷河の崩落音、氷河から流れ出る急流と滝、氷河湖、氷河地形。このようなものを感じるたびに自然の強大さがわかる。だが、この氷河は現在急速に後退し、いずれ消失するものと考えられている。実際、10年前に氷河の存在した場所は岩がむき出しになり、その氷河から水を受けて成長していた木は枯れ、森林火災が発生し、パイネ国立公園のすぐ近くにまで砂漠が迫っている。
私はこれを温暖化の影響だ、というつもりはない。もしそうであっても、人間批判をしたところで仕方がない。人間も複雑な生態系のなかの一つであり、大きな役割を果たしていることは確か。その人間の偉大なる力は、この強大な自然ですら簡単に翻す力を持っている。是非ともこの力を地球のために使っていきたいものである。

地層の見える山クエルノス パタゴニアで風のやんだ瞬間 トーレスデルパイネ






3.再びサンチアゴ、帰国 5日間のトレッキングを終え、再びプエルトナタレスへ。ドイツ人と死ぬほど飲み、次の日にサンチアゴへ帰る。さすがに夜10時のサンチアゴ市内は気持ちのいいものではないが乗り合いタクシーでホステルへ。次の日一日はサンチアゴ市内観光を行った。市場で巨大フジツボを食べ、ピスコとワインを飲みながら羊の肉を食べ、完璧にチリ人化して街中を歩く。モネダ広場フジツボ料理サンタルシアの丘大砲とサンチアゴ







お土産はチリ特産のラピスラズリのネックレス(誰か欲しい人、いる?)、ラピスラズリで作ったモアイの置物、蒸留酒のピスコ、インカ文明っぽい壷、その辺で拾った動物の骨、パイネの石、ドイツ人に買ってもらった帽子、ポストカード。
大量のお土産を一旦梱包し、帰りもエアカナダで大阪関西国際空港へ。
機内で30時間のうちにビールを1ダース開けて、ご機嫌で日本の税関審査を受ける。
職「どこいってきました」 ク「チリです」 職「とりあえずポシェットを見せてください」 で、ポシェットからライターと草が。この草、日本でヤブをこいだときに入ったやつだ… 職「とりあえず、この草、検査しますね。タバコを吸うんですか」 ク「いえ」 職「じゃあ、このライター、何?」 いや、それは普段山行くときの道具… という感じで疑われ、しっかり梱包した荷物は全部、別室で開けられてしまった。最後の最後に日本語でナゾの山場を迎えてしまったが、とりあえずここで15日間の旅行記録を終える。

ご意見・ご感想・誤字などございましたらplasmid@wine.ocn.ne.jpまで。

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