昼下がりの学校。比較的太陽に恵まれやすいこの大地にも雨くらいは降る。 雨が降れば屋内が混雑するのは必然であり、桶屋が儲からないまでも食堂は本 日満員御礼状態である。 そんな混雑の中、なぜかそこは孤島のようにぽっかりと隙間がある。 何があるのか。 別段たいしたことものではない。ただ、三人の男女が食事を摂っているだけ だ。だが、その男女の内訳が作業服の男一名と制服の女生徒二名というあたり から雲行きが怪しくなる。 この三人組の名前は千秋、小桜、そして爽萌と言い、身分は順番に造園作業 員、お姫様、お嬢様だ。もっと言えばしがない労働者と変人と生徒会長である。 注目を集めないほうがどうかしている。もう少し人目を気にするべきであろう が、当の三人は端から順番に無神経、無防備、無頓着と三拍子揃った人格であ るため、晴れがましいくらい堂々と食事をしながら会話に没頭している。 そんな三人の真ん中には広がるのは世界最薄のシート型コンピューター。と もすれば中古車くらいは買えてしまいそうなこの逸品は三日前、小桜が購入し た。機械と名のつくものは電卓から重機まで何でも扱いが上手な小桜は新しい 物に目がない。その証拠におっとりした小桜が大型機械を手足のように操作し、 電子機器を指のように扱う様は不思議と似合う。小桜曰く、機械の扱いなんて 機械の声を聞けばわかるらしいが、小桜という人間は植物の声すらも聞き分け てしまう人間なので、機械と会話しても不思議ではない。頭の上に一本立った アホ毛で電波でも受信しているのだろうか。 最新鋭のコンピューターは現在、小桜の滑るようなキー操作を受けている。 学校祭での発表準備だ。 「こんなところでしょうか」 小桜が小指でキーをタッチ。 普通の大学生の卒業発表をはるかに超えるデータが惜しげもなくディスプレ イに表示された。学校祭での発表ではもったいないくらいだ。後はいかに内容 をわかりやすく伝えるかが勝負である。というわけでテーブルの話題はポスター 作りと原稿内容の推敲。 「ん、いいんじゃない?」 爽萌が千秋を見る。 「だな。視覚的にも伝わりやすい」 「はい、ありがとうございます」 丁寧なお辞儀を返し、上書き保存。とりあえずお茶を飲んでから律儀にパソ コンを折りたたみ、タバコの箱ほどの大きさになったそれを胸ポケットにしま いこむ。小桜の身体つきは小学校のころからあまり変わっていないので、胸ポ ケットに物を入れるとやたらと目立つ。小桜と爽萌を見比べる千秋は二人の胸 の大きさの違いについて深遠なる思考をめぐらせる。 「千島さんはずっと建設のお仕事をされているのですか」 胸の大きさについて考えているとは露知らず、小桜は笑顔を千秋に向ける。 「……ん、俺は小さいのも好きだぞ」 「はい?」 「栃内さん。今無性に苛立ったんだけど、こいつ殴っていいかしら?」 「あ、暴力はだめです。誰だって呆けてしまうときはあります。それで千島さ んはずっと建設のお仕事ですか?」 出会って二週間。そんな自然な顔と世間話に毛の生えた会話もできるように なっていた。遅すぎるが一歩前進、である。 「ああ、二年ちょい。頭が悪いと他に出来る仕事がないんだ」 千秋はそんな小桜の偉大なる一歩の質問を一発で切り捨て、椅子にふんぞり 返る千秋。もう少し愛想よく言えばいいのだが、そこは千秋である。ちなみに 千秋が定職を持たないのは公式には失踪中だからだ。別に能力の問題ではない。 「そんなことないです。きっと千島さんは努力すれば私より賢いです」 「そうか、そりゃどうも」 他人が言うと嫌味だろうが、小桜が言うと不思議と出来そうな気がする。そ の横で爽萌がため息一つ。 「栃内さん、その努力をできない人が多いのよ。それをアホって言葉で言うの だけれど、具体例がそこにいるから解説はやめとくわ」 「誰かと思えば橘じゃないか。今日は低脳な俺の言葉が通じるのか」 実は昨日爽萌に低脳と呼ばれたことを根に持っていた千秋がすかさず反論。 「私が反応したのは栃内さんの言葉です。サルの吠え声には興味ありません」 「今俺に返事してるんだよなあ、お前」 「さあ? そのように聞こえているだけで音声が同意義に言語化されているか どうかは疑問ですけど」 「意味わかんねえよ。お前こそ宇宙人だな」 「原始人から見ればその領域にあることを否定しません」 「……容赦ないですね、お二人」 二人の応酬を眺める小桜が一言。 「私に存在しないのは容赦ではなく、血と涙よ」 「そうだな。まさに血も涙もないやつだもんな橘は。とりあえずなら即刻献血 にでも行って全身の血液を抜いてもらえ」 「負け犬の遠吠えは原野でどうぞ。そうそう、いい原野があるんです。紹介し ましょうか、千島さん」 「原野にいいも悪いもねえよ」 「ならいい鉱山を紹介しましょうか。実は北の果てのほうで炭坑を」 「栃内。一つ聞いていいか」 爽萌との応酬を止め、小桜に向き直る。 「はい、原野の良し悪しのことでしょうか。もしよろしければ私も原野を」 「……違う。原野は置いといてくれ。問題は橘のことだ。こいつは普段から男 をいじめることに快感を見出しているのか?」 「あの、それは、普段はそんなことありません……ですが私は少し興味、あり ます」 千秋はポケットから文庫本を取り出して小桜に押し付ける。 「そういう趣味があるなら手始めにこれでも音読しておけ」 「はい……『鎖に繋がれて身動きのできない状況にあってなお、ヒトシの瞳に は恍惚の光があった。タイトミニに包まれた聖子の太股が月の下に妖しく輝き、 ハイヒールがヒトシの……』ってどうして私、音読しているんですか」 「いや、俺はそうやって赤面するお前を見るのが好きだから」 「あ、ありがとうございます」 「……あのさ、そろそろ突っ込んでいい?」 爽萌が割って入る。 「最低ですね、千島さん」 「最低こそが男の最高の褒め言葉なんだ」 「自覚がないのは更に絶望ですね。もはや千島なんて苗字は不必要と考えます ……これからはゴミと呼ばせていただきます」 まさにゴミでも見るような目つきの爽萌が言い放つ。 「俺がゴミなら橘はダニだな」 ゴミとダニではダニのほうが高等であるような気もするが、あまり気にして はいけない。 「あの、お二人とも」 小桜の困った視線が投げかけられる。爽萌は当然無視。 「ゴ……いえ、千島さんの行き当たりばったりの人生にはほとほと呆れます。 そろそろ人生設計を見直してはどうでしょう?」 「ほっとけ。橘こそどうなんだ。将来のこととか考えているか」 一呼吸、 「そうですね。私は大学に進学します。結婚も決まってはいますがどうせ形だ けなので」 「は、結婚?」 「そうですが」 「栃内、こいつは何馬鹿なことを言っているんだまずはその暴力をなんとかし ないと相手も」 「危ないですっ」 千秋の言葉を小桜が遮り、そう告げる。が、時既に遅し。千秋の姿は椅子の 上から床の上、爽萌のパンチ一発が見事顔面に決まったらしい。 「千島さん、大丈夫ですか」 「そんな奴の心配する必要なんてないわ栃内さん。どうせこの手の人間はゴキ ブリよりしぶといのよ。鼻に殺虫剤突っ込んでも死なないわ」 その言葉通り、千秋は身体を起こす。 「あのな……ちょっとしたボケだろ。グーで返すか」 「千島さん。落ち着いてください。橘さんは長女です。形だけでも結婚するの は当然の務めです」 いや、千秋にだってその意味くらいはわかる。爽萌の身分がどうであろうと も、この時代、この国に生まれた第一子の女性は結婚を半ば宿命付けられてい る。 「悪かったな、茶化して」 「そう思うなら誠意を込めて靴でも舐めてみますか」 「するかアホ」 「言ってみただけです。千島さんと同じにしないでください」 「俺にもそんな嗜好ねえよ」 千秋がスプーンで武装し、爽萌が箸で二刀流に構え、小桜がお盆を装備する。 そして 「お二人、とても楽しそうです」 お盆の横から顔を出し、小桜が小さな笑顔を見せた。 「今もお二人、とても幸せそうです」 小桜はもう一度繰り返した。 「栃内。このやり取りが楽しそうに見えるかそうか。俺はこいつが全裸になっ て迫ってきても逃げるな」 「あら、一緒ですね千島さん。私もペットに服を着せる趣味なんてありません が」 「……言うな。俺がペットならお前はペットフードにでもなっとくか?」 「犬風情が人間様に反抗ですか? そんなに実験動物になりたいのならいつで もいい病院を紹介しますよ」 再び小桜は蚊帳の外。不毛な、これ以上はないくらい無駄で贅沢な会話が続 く。それは傍目に見ると仲のよい友人と、その妹が談笑しているようにしか見 えない。 「……それで栃内は大学とか行くのか。結婚してさ」 一通りのボケと突っ込みを爽萌相手に演じた千秋が再び小桜を会話に巻き込 む。ほんの少しの期待をこめて、だ。千秋は真剣に思う。 小桜には普通の人生を送って欲しい、と。 「そう、なっています。それが当然ですから」 そう伝える小桜の震えた声を聞く千秋の心境は微妙だ。 「お二人とも、私は他に用事がありますので席を外します。では」 爽萌が礼も早々に立ち去る。まさに空気を読んだ行動だ。残された千秋と小 桜は二人、食堂で向き合う。 小桜と二人になった途端、話が続かない。その沈黙が千秋には心地よくすら ある。 予鈴が鳴るまで、ずっとそうしていた。 |
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