こういう話の王道からは反れるが、俺は学校が大好きだ。そう思うことにし ている。 別に秀才でもなければ風紀委員でもなければ生徒会役員でもなければ制服フ ェチというわけでもない。名乗るほどでもない至って平凡な高校二年生である。 そんな俺だが、自慢できることが現在三つ。 一つ目。預金が多い。 バイトとお年玉も貯めたといえば格好いいが、種を明かすと一年前、爺さん の遺産を相続するというウルトラCをかましたせいである。まさに棚からぼた 餅だ。ちなみに棚からぼた餅が落ちてくるという奇怪な現象を確認した奴が存 在するのかどうかは知らないが、現実にぼた餅の直撃を受けると結構ショック もでかいのではないのかと愚考する。 二つ目。庭いじりが得意だ。 こういえばいかにも植物の気持ちの分かる心優しい青年という幹事に聞こえ るが、これも説明すると情けない理由が浮上する。そう、家の庭がやたら広い 上に実質俺一人しか住んでいないせいで、庭の管理が俺の仕事なのだ。好きか どうかはともかくとして大樹の剪定から盆栽の水遣り、揚句の果てにはコケの 植え替えまでなんでも来いだ。目下、サボテンにはまっている。今の俺の休日 の話し相手はウチワサボテンであり、俺の大胆な未来予測によれば近い将来サ ボテンブームが起こるはずだ。そういうことにしておいてくれ。 「だが、初めてがサボテン鑑賞というのはどうかと思う」 「心配すんな。私の初めてサボテンでしたって奴、なかなかいないぞ。自慢で きるぜ。さあ、巨大な胸を突き上げて自慢しろ」 俺が喜んでやる。 「それは残念だな。私のファーストキスの相手は鏡に映った自分なんだ。悔し いか、悔しいだろう、悔しいと言え、頼む」 本人が一番悔しがっているので同情くらいはしてやる。かわいそうに。 「で、鏡に映った自分の顔に一目惚れしたのか」 沈黙、 「いや、洗面所で身を乗り出して鏡に顔をぶつけたんだ。ついでにそのまま倒 れこんで洗面器で溺死するところだった。まさにナルシスだな。気持ち悪いぞ 近寄るなあっちいけ」 「……あれ。なんで最後に俺が罵倒されているんだ」 「心当たりがないのか。胸に手を置いて考えてみろ」 胸、ね。胸に手を置け、か。誘われたとあらば仕方ない。 「よし、そういうことならば仕方あるまい。失礼するぜ」 ふに。 「ってお前は女性の胸に突然手を置くのか変態っ」 なんだかんだ言って赤くなるあたり、かわいらしい。 「いや、どうせならでかい胸のほうが手の置き心地も嘘ですごめんなさい」 鼻にヒットしかけた拳をかわす。 「……まあ物事の順序が進めば、そのうちそういうこともあるだろう。が、今 は時期尚早だ」 「よし、なら今から順序を進めようぜ。まず何をすればいいアレか男と女が二 人ですることといえば」 ごつん。クリティカルヒット。 「もっとも、順序が進む前に命が尽きることもある。気をつけろ」 確かにそれまでに撲殺されてはかなわない。 「ところで何の話をしていたんだ、俺たち」 「そうだな。回し蹴りか踵落とし一発で繰り返してやってもいいが」 そんなもん食らったら返答する前に死にそうなので、自分で思い出すことに する。 「ああ、確かサボテンだったな」 「なんだ、思い出したのか。すると私は誰を蹴ればいいんだ」 電柱でも蹴飛ばしてろ。 「なんだ、サボテンがそんなに嫌なのか」 「いや、例えば『サボテン♪』とか『さぼ☆てん』ならいいぞ。かわいいし」 わかんねえよ絶対。 「サボテンだって人気はあるんだ、彩花」 「嘘つけ」 「俺の大胆な未来予測によれば、だけどな」 隣を見ずに答える。そもそも学校で一、二を争う聡明さにごまかしなど通用 するはずなど 「ふうん、哲也は未来を予測できるのか。納得」 って納得したかラッキー。 「よかった。これで命拾いし」 「ただし、今日の私の行動を予想すれば、だ。命拾いしたにしては安い御用だ ろう。さあ、哲也の命が売れ残りの大根以上の価値であることを確かめさせて くれ」 目の前には爽やかすぎる笑顔。マリア様でも慈母観音でもここまで壮絶な笑 顔を浮かべない。幼稚園児が見れば失禁するか卒倒するに違いないが、あいに く幼稚園児ではない俺は顔を引きつらせるくらいしか反応できない。若干の知 性を持ってしまったため人間は死の恐怖におびえるようになったというが、な らば俺は自らの知性を恨む。俺はこの世でこいつの笑顔が一番怖い。次にこい つの怒りに満ちた顔が怖い。 とにかく今の最優先ミッションは自分の延命処置だ。ひねり出せ、妙案。 そうだ。 「ああ、言い忘れていた。俺の未来予知能力だがな、彩花に関しては一切未来 予知できない……俺は一刻先の運命すら覆す彩花を好きになったんだ。格好い いだろ。惚れるなよ」 とりあえず親指を立てて格好をつけてみる。もう笑ってくれとしか言いよう のない開き直りだ。 「ほう、大きく出たな。私も教師に遅刻で説教された直後に早退した哲也を好 きになったんだ。ときどき首に手を回して骨を捻ってみたくなるくらい好きだ ぞ」 まさに骨まで愛されている気分だ。人間である俺には耐えられなさそうなの で謹んで辞退しておこう。 「というわけで俺に彩花の行動は予測できない。残念だったな」 沈黙。 「では明日私の傘が役に立つかどうかを予測してみろ」 「傘か。そんなもん役に立たない」 断言、即決、一刀両断。 「なら、その自信の理由を男前に聞かせてもらおう」 男前に、ですか。 「……それは、例え雨が降ろうとも俺が傘を貸してやるからだ。な、男前だろ」 男前からは程遠い三文映画の台詞のようである。 「で、確認するが哲也は鞄に傘を常に入れていたか」 「……あ」 もはや三文映画ですらなく場末の売れない芸人未満のオチだった。 「私の観察が正しければこの半年間、哲也が傘を持っていたことは皆無だが…… 今ならパンチ三発で聞かなかった事にしてやる」 「ごめんなさい、嘘つきました。パンチ一発にまけてください」 俺、超正直。 「ったくな」 こん。軽めの手刀が眉間にぶつかる。こう立て続けに殴られているとアホに なりそうだが、これでも随分優しくはなったのだ。昔なら手刀が振り下ろされ た瞬間、首が九十度、短針が三十度傾いているところだ。 さて、そろそろ彼女を紹介しよう。 そう、少し遅れたが俺の三つ目の自慢だ。 神対馬彩花(かみつしま さいか)。 同学年の同クラス。長身に長髪の似合う外見は校内三本の指に入りそうな麗 人である。うちの高校は女子制服にセーラーを採用する少数派なのだが、彩花 にはセーラー服がとにかく似合う。そもそもセーラー服とは海軍発祥らしいが、 彩花が大型艦船の艦長なんかやっているのはものすごく絵になりそうだ。 以下俺の勝手な妄想。 敗戦濃厚の中、期待を集め出陣した巨大戦艦。敵の総攻撃を受けながらも反 撃を果たし、その力の尽きる寸前、彩花の厳かな声が艦内に響く。 『諸君、私はこの艦と運命を共にする』 で、いろんな方面から突っ込み。 『艦長、自分ひとり救命ボートに乗って言う台詞ではありません』 と、妄想はともかくとして。彩花といえば歩く常識であり、動く校則であり 、発言する良識である。その良く通る声と堂々とした姿は格好いい以外の何者 でもなく、まさに安心と信頼と尊敬を具現化した理想的な神の創造物とすら言 えるだろう。 ついこの前までは、だ。 そう、もともと彩花は自制心と遵法精神満載の塊みたいな奴で、冗談もギャ グも通じないドイツ製精密機械みたいだった。いや、決して冷血なわけではな い。義理堅くて適度に面倒見のいい性格は人を引っ張る力に富んでいる。多少 表情に乏しい部分はあったが、総合すれば男女共に人望の厚い人間ということ になるだろう。 で、何を間違えたのか彩花は一ヶ月前、俺の彼女になった。実に何の取り柄 もない俺のである。俺ですら首を捻った。今では彩花と俺のことは学校の七不 思議に加えられ、走る人体模型と笑うモナリザと共に語られている。都市伝説 か俺たち。 「さて。今日は天気の良い日だ、哲也」 空を見て天気予報を思い出す。 「確か明日は曇るはずだぞ、彩花」 沈黙、 「そして土曜日の午後だ、哲也」 時計を見て逆算する。 「俺の知識によると地球の裏側はまだ太陽も昇ってないけどな」 沈黙、 「しかも初めて一緒に過ごす休みだ、哲也」 咳払い。 「付き合い始めるまでだって随分一緒に過ごしただろ」 ごちん。視界が三十度近く傾く。 「少しは黙れ」 はい、黙ります。 「その初めての日をよりによってサボテン鑑賞でつぶすとはどういう理由なん だ。そうか私にツンデレろと無理だ期待するなやめておけ」 何でも動詞にするな。 「意味の分からん邪推をするな。そもそも俺はそんなややこしい性格、好きじ ゃない」 ただでさえ男は単純だと言われるのに、俺なんて本能から先に生まれたよう な人間には厄介な人格なんぞ手に余る。あんなのはゲームの中だけで十分だ。 現実にいたら気色悪い以外の何者でもない。同じ理由でドジっ子とヤンデレも 却下。 「すると哲也は私のどこが好きなんだ。やっぱり巨乳か」 頼むから人ごみで巨乳とか叫ぶな。 ちなみに。当人の言うように彩花は巨乳である。身長は中庸だが、バスト順 に偏差値を取れば軽く七十は越える。偏差値七十というのは結構すごい。勉強 でいえば大抵の学校なら余裕で通るレベルだ。具体的に例示しよう。発表なん かで教壇に彩花が立つと胸元当たりに影ができる。俺の視線なんて彩花の顔よ りも若干下で固定だ。まさに罪作りな乳である。彩花の胸がでかくなればなる ほど、俺の成績は下降の一途を辿る。 「俺そんなに即物的に見えるのか」 「なんだ、違うのか。哲也の視線はいつも私の胸元に釘付けじゃないか」 ばれていた。 「俺は彩花の全部を好きなんだ。巨乳についてはまた語ってやるよ」 「照れるじゃないか。そのときは思いっきり無視してやろう」 さて、話を戻そう。今日彩花を誘うに当たって俺はこう声をかけた。 『サボテンでも見に行かないか』 確かに普通土曜日の放課後に国際展示場までサボテンを見に行く奴なんてな かなかいない。 「彩花、俺は彩花の次の次くらいにサボテンが好きだ」 「なんだそれは皮肉か。私はサボテンより少し魅力的だということか」 違うんだ彩花。 「好きだぞ、彩花」 「うん、私も以下同文だ」 そうですか。 「で、彩花は花が好きだ」 「……ああ。まあ、花は好きだが」 なぜ言い淀む。 「いや、誘い方が悪かったな。サボテン鑑賞とは言ったが園芸植物の展示会を 見に行かないか、というつもりだったんだ」 お互い楽しめると思う。そう付け加えた。 わかっている。ほんとうはもっと別の、まさに高校生らしい行き先というも のがあるのだろうということを。だが、実際俺は彩花と二人で楽しめそうな場 所を知っているわけではない。まさに甲斐性なしというやつだ。それでも 「うん。楽しみだな、哲也」 そう言ってくれる彩花がありがたい。素気ないといえばそれまでの、嫌味で もなんでもない爽やかな言葉。彩花らしい真っ直ぐな言葉に、これまでの彩花 では見ることもかなわなかった笑顔がほんの少し現れる。 笑うようになったよなあ、そう思う。 さっき、あまり冗談を介さない奴だと言ったが、それは一ヶ月前までの彩花 。今の彩花は冗談が先行し、笑顔が先走り、ついでに突っ込みと称するパンチ がマッハで飛んでくる。早急に見切りを付けなければ俺が危ない。 と、生命の危機に瀕しながらであるが、この少々核融合のスピードが速すぎ る太陽みたいな彼女が俺の三つ目の自慢なのは、まあ半分皮肉みたいなお約束だ。 |
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