けんかのあとは

第9話

小包型の爆弾と愛情
 冬来たれば春遠からじ。
 季節はまだ、冬である。
 多くの樹が裸になる中でも緑の葉をつけ続ける樹がある。
 誰が見ようと見まいと、葉をつけ続ける公園の樹。
どうか、この樹が百年以上長生きしますように。

 二月のある日。柊の固くてとがった葉がこの季節にはぴったりだ。太陽の光
が一年で一番優しく地上を照らす、冬の真只中。寒いけれど、やさしい一日は
人を優しくする。いわれはどうであれ、二月に恋人の日がある、というのはな
ぜだか簡単にうなずけてしまう。人は寒くては生きていけない。どれだけ気丈
に頑張っても他人の暖かさがなければ、心が凍死してしまう。
聖はこの日、渓からもらった気合の入ったチョコレートに鼻歌交じりで帰宅す
る。そう、渓の場合、愛情というよりは気合が入っているのだ。渡し方からし
て気合そのものだった。昼休みに堂々と教室で渡すのだ。あまりの堂々っぷり
に騒がしくなる教室。聖も男だ。もらって悪い気はしない。皆の冷やかしに会
う聖の目にはそっと教室から出て行く光など、見えてもいなかった。
家に帰り、包みを開けると中から渓の手紙が出てくる。

―明日の朝、早めに教室に来て―

渓の姿を思い浮かべる。ずっと、自分を慕ってきてくれた渓のこと。自分の全
てを肯定してくれた渓。渓の―電話が鳴る。ぼおっとしていた聖は一瞬反応が
遅れる。ようやく立ち上がり、電話を取ろうとしたがそれは鳴り止んだ。なん
だ、いたずら電話かそう思った途端、もう一度電話が鳴った。聖は受話器の手
前で手をひっこめる。何か、大切なことを忘れていたような気がしたから。
 予想通りそれは三回なると切れた。さっきの電話は二回で切れた。それ以来
沈黙。そうだ、こんな電話、昔はよくかかってきた。あれは、確か。
 そうだ、光だ。
 中学生の頃、光が考え出した妙案だった。毎日のように聖に電話を掛けてき
た光。電話代が高すぎると両親に怒られた光が電話をつながずに聖を呼び出す
方法を考えたのだ。それがこの、最初は二回、次は三回で切れる電話である。
この電話がなった時、近くの公園に行くことになっているのだ。さて、この電
話はまず、光からだが、行くべきか行かざるべきか。
 迷うことがあろうか。聖は自転車の鍵を探し、大急ぎで公園へと向かう。
 噴水があり、池があり、そして大きな樹のたつ立派な公園。昔、光とよく遊
んだ公園。光が、聖が今でも一人でよく来る場所。周囲は既に暗い。
 光のことが心配だった。さっきまで渓のことばかり考えていたのに、今は違
う。この一年で、何度光が自分に話しかけようと、こちらを見ては目を伏せて
いただろうか。自分を守ろうと教室で大声を出してくれたこと。それに対して、
自分は光に何をやってきたのだろうか。まだ話しかけられないと、都合のいい
言い訳。渓と話し合うことで光との接触を拒んできた自分。光はずっと、一途
でいてくれた。
 激しく後悔する聖。公園を見渡すも、光はいない。そうだ、もう、光に呼ば
れる資格すらない、ということは知っている。それでも、これほどまでに光を
求めたのは初めてだ。
 公園を一周し、座りなれた大きな樹の下にあるベンチに座る。
 夜の池は月の光をぼおっと映し出し、青い幻想的な世界を作る。渓が太陽だ
としたら、光は月のような女性だ。夜道を怖がる自分をそっと照らし出してく
れる月。ベンチに手
をつくと、何かに触れた。小さな箱が一つ。聖はそれを手に取る。
―聖へ―
 何年かぶりに見る、ていねいな字。月明かりの中に浮かぶ、その字を見、聖
はゆっくりと家に帰った。やるべきことは、わかっている。
 そうだ、明日は早い。ゆっくりと寝よう。
 どうか、この樹が百年以上長生きしますように。聖はそうつぶやいて、自転
車をこいでいった。

 聖は朝早く起きる。そして、学校、ではなく光の家の前にいた。光を家の前
で待つためだ。
 待っているとどうもせっかちになる。聖は昔、自分が、そして光がごく自然
にそうしていたように、玄関のベルを押す。
 ほどなくして、中から光の母親が出てくる。
 「あら、立派になって。ちょっとひかり、珍しい人よ、早く支度なさい」
 珍しい、か。こうやって訪れるのは確かにもう、久しぶりのレベルを超えて
いる。
 上着のボタンに手をかけながら出てくる光。急いで走ってきたその足は、玄
関先にいる聖の姿を見て、ふっと止まる。
「なにか用事」
 のどの奥のほうから声を出す光に、冷静な聖。
「光。聞いて欲しいことがある」
「何よいまさら。さっさと学校にいきなさいよ、もう」
 突然怒る光の手首をそっと、だがしっかりとつかむ聖。
「なにすんのよ、離して」
 残っている手で聖の胸を押す光。だが、聖が全く動かないどころか、よろめ
いたのは光だ。手を握られ、しりもちをつく光。聖はただ、冷静に光の顔を見る。
 そっと手を離すと脱兎のごとく、光は駆け出していった。
「あらあら、うちの娘とどんな関係に。もう夫婦げんかしてるんだ」
 思いっきりにやにやしながら聞いてくる光の母親。本来なら離しこみたいと
ころだが、それはいつだってできる。聖は頭を下げて光の後を追った。


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