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思い出すこと。心の軌跡
冬来たれば春遠からじ。 季節は今、冬である。 樹々が硬く、つぼみを閉ざすとき。 新しく植えられた樹は必死になって温かい季節のための準備をする。 どうか、この樹が百年以上長生きしますように。 冬の姿が見え隠れする海辺の町。この街に雪が降ることはまず、ない。だが、 夜空に輝く星が鋭さを増し、明け方の透き通った空気は何物にも変えがたい結 晶となる。空気を大きく吸い込むと水滴が体の中を通り抜ける。どんなに晴れ た日でも、教室の窓から見える海の姿は薄暗く、冷たく。 冬の景色は、寒々しく感じる。聖はそう思ってため息をつく。 冬の景色は、悲しい匂い。光はそう思ってため息をつく。 冬の景色は、透き通っていてきれい。渓はそう思ってため息をつく。 どのため息も決して重なり合うことはない。 聖は超人的に予定をこなしていた。聖の評判も、周囲では大きく変わっている。 聖自身、人と話し合う回数が多くなり、時には普通に笑いあっていることだって ある。自分だけは何も変わっちゃいない。臆病で、感情を表現できないままでい る。人の輪に入りたいのに、離れてしまう。そんな寂しさを感じるたびに、光は 自分の目線が必ず、聖のほうに向いているのを自覚する。 言葉を飾っても仕方ない。いまだに聖のことをあきらめ切れないのだ。聖の少し、 疲れた顔、強い顔、元気な声、何気ないしぐさ。どこにでもある、ともすれば「大 勢」に溶け込んでしまって気がつかなくなるような聖の全てが、なぜだか光って 見えて、思わず心動かされる。今だって柄にもなく勉強している聖は自分のため に頑張っていることくらい、光の目には分かっている。聖は昔から変わらない。 自分に迷惑をかけまいとして、頑張りすぎてしまう。光にとって聖の成績などど うでもいいことである。少し悪いくらいのほうがいいとすら思っている。周りの 目がなければ昔のように聖に勉強を教えられるのだから。勇気を振り絞って聖と 話してみよう、と何度も思った。渓が聖の側にいるのをみて、何度も断念した。 渓も聖が渓の立てた計画をあきらめずに一生懸命こなしていく姿を複雑な気持ち で眺めている。渓は挫折よりも懸命な姿を好きではあるのだが、聖の懸命さは自 分ではなく、光に向けられたものだと知っている。結局のところ、渓は聖にとっ て話し相手ではあるかもしれないが、好き、と思える相手ではない。聖がたくさ んの女の子を押しのけて手にするものは他の誰でもない渓本人であって、光では いけないのだ。渓はいくつも、聖の視線が自分に向くように努力をし続けている。 渓は聖がアルバイトに行く日は必ず弁当を渡している。最初のうちは弟や自分の 弁当を作った余りで作っていたのだが、最近は聖の分を作った余りで家族の分を 作っている。残念ながら渓の得意技、「計算」は聖には通じない。それは聖があ まりにも単純すぎるからだ。だから、肝心の聖はそんな渓には全く気付かず、光 のこともつい先延ばしにしてしまい頑張る毎日。三者三様である。 |