|
そりゃツーショットを見れば血の気も引きます。
木々の青々と茂る、夏。 また少し、身長の伸びた公園の小さな樹。 新しい芽も青く、強い葉を輝かせて。 小さな頃のしなやかさを忘れずに。 どうか、この樹が百年以上長生きしますように。 夏休み気分が抜けないうちに、秋らしいさわやかな風が吹く。ひぐらしの声 をどこからか運んでくる、ちょっと悲しげで、だるくて、懐かしい匂いのする 光の粉を運んで。ずっと遠くに見えている秋の景色は、遠慮がちに夕日と夜の 合間、そっと顔を覗かせる、そんな季節。 光は機嫌の悪い日が続く毎日を送っていた。そんな日は薄っぺらで白い、夏 服ですらもなんだか鬱陶しい。もっとも、光はたいてい無表情なので傍から見 ると、特に外面的には変化を感じさせない。だが、よくみるとほんの少し、口 が小さくなったような、そんな風に見えないではない。 そして、こんなさわやかな夏の終わりに似合わぬ、ため息をつく。 原因は渓が聖につきまとっているからだ。例えば授業時間。渓は何度も聖の 顔を見て笑いかける。例えば休み時間。聖のほうはどうでもよさそうな口調で 渓を突き放す。一方、渓は度が過ぎるほどに聖の机へと出向く。校舎内で渓が 聖の制服をつかみ、後をついていく姿を見た日、光は三日間落ち込んだ。渓の 聖に対する好意的な接触のおかげで聖は嫌われることがなくなったのは事実。 聖は相変わらず無愛想ではあるが、特に女子生徒の中で聖の株は急上昇であ る。聖は無愛想なだけで、横顔などは格好よく見えるし、何といっても実は優 しい。そんな光しか知らなかったはずの聖の良さを渓が引き出している。聖の 話題が会話で出るたび、光はこれまでとは違う苛立ちを感じていた。聖の話を 聞きたくない、というよりは聖の話をして欲しくない、という。 光は知っている。中学校以来話しあわないけれど、聖の隣を独占しているの は、自分であると決め込んでいたこと。だから、こうまで気に病んで、いらだ っているということ。今、聖のことを好きかといわれると答えられない。聖を 精神的に束縛し、聖が他の誰かと付き合うのには自分の了解が必要だとは思っ ている自分の卑しさに気付き、更に落ち込む。 夜近くの繁華街。光は特に何をするということもなく、ただ歩いていた。な んとなく、日々の生活に疲れていた。そんなとき、裏通りに見慣れた幼馴染の 聖の後姿と、誰かの姿を見つけた。なぜだか、呼吸の速度が跳ね上がる。 聖の隣を独占する女性。それは見紛うはずのない、渓の姿。ショートカット の髪の毛と歩き方。血の気の引いていく感覚を、光は感じていた。渓が異様な までに聖に引っ付いている、ことでも二人で街中をあるいていること、でもな くて。あの聖が笑って渓に話しかけていること。光ですら見たことのない、聖 の楽しそうな笑顔が、渓にだけ向けられていること。それは聖の隣にはもう、 自分の居場所がなくなっているということだ。家に帰ると涙が止まらなかった。 光にはこんなとき、電話をする相手も、愚痴を言う相手も、誰もいない。 次の日は最悪な気分だった。昨日のことをいちいち回想しては頭を痛めてい た。聖は相変わらず授業中寝ている。そしてその寝顔を優しい顔で見つめる渓。 その渓が光のところへ話しかけに来たのは昼休みだった。何度目か分からな い溜息をつく光は肩をたたかれ、その方向にはいつもの有無を言わせぬ満面の 笑み、渓がいた、というわけだ。 「朝霧さん、っていいね」 この人はいつも意表をつく言い方をする。今日は渓の笑い顔を見ても腹が立 つだけだ。もう、どうにでもなってしまえ。光は渓の方向に向き直らずに口を 開く。 「何いってるの」 光は無愛想に答える。 「だって、中西君、ってさ、いい人じゃない。中西君ね、あっ、言わないでお こうかな」 渓の躊躇に反射的に振り返る光。 「中西君、朝霧さんのこと、好きだって」 耳元でささやくように言う渓。振り返ったことに対する恥ずかしさ以上に顔 が赤くなる。光は渓の言葉に混乱していた。聖が、自分を好きだと、渓を通じ て言った、ということ、の意味。それを渓がわざわざ自分に言いにくる、とい うことの意味。渓がそこまで嫌味なことをするわけがないと信じる。そうする となぜだろうか、光の目にどうしようもなく涙が浮かぶ。 「朝霧さん、屋上に、いこうか」 渓は光を誘うと付いて来ると完全に信じてか、振り返りもせず元気に歩き出 した。渓の計算高さに光はまた、このとき気付いた。 そうだ、これは宣戦布告だ。突然肩を叩いた瞬間から、今光が涙を流すまで、 全てが渓の計算なのだ。光は腹を決める。前を歩く小さくてはねるような夏服 を見て、心の中で決めた。よし、受けてたとうじゃないか。 |