|
バイクは私の趣味ですごめんなさい
「水崎さん。もう言ってしまうと中西君は幼馴染の人」 放課後の教室。掃除の終わった後の埃っぽい部屋の中に固まって話している 生徒たち。梅雨の終わりの初夏の空。近くの海が光って見える昼下がりの終わ る瞬間。この時期の一番美しい日差し。光はグループで固まっている生徒を避 け、渓に話しかける。聖とサッカーのこと。一応「付き合っていた」こと。自 分を守って怪我をした聖の足のこと。それ以来話していないこと。光は自嘲気 味のままそれらを一気に語り終えた。どこかで自分の責任を逃れようとする光 の語り方に変わりはなかったけれど。 光にも一理ある。聖がいくらサッカーをできなくなったからといって自分を 避ける必要はないはずであるし、苦しいのなら一番近い仲であるはずの自分に 相談すればいいはずなのだ。仮にも恋人である自分に。それを自分から逃げて わざと人に嫌われるまねをするなど、幼い限りであり、そんな情けない姿など 見ていたくなかった。一方で光は自分を責める。もう一歩踏み込めなかった悔 しさ。結局、光も聖の一番大切なときに側にいることができなかった。当然の ことだがお互いに、恋人失格だった昔のこと。だが、それを語るのはなんだか 楽しくて気持ちがいい。 光の話を聞く渓はいつの間にか泣いていた。泣くほどのことではないのだが、 要するに渓は感動屋なのである。物語の中心につい入ってしまう性格なのだ。 あわよくば自分がヒロインになろうとするのが問題ではあるが。ひとしお泣い たあと。 「私、中西君に謝りに行く」 制服のスカートを翻し、即断即決の権化のような勢いで走り去る。光は渓の 背中をぼうっと見送る。そして時折笑い、一人で昔のことを回想していた。 渓はこの時間、聖がどこにいるのか大体のところを感づいていた。聖に助け られた場所に行けばきっと会えると確信していたからである。 そして思惑通り聖は現れた。 「あの、中西君」 聖は足を止めそちらを向いた。聖は少々卑怯であるが外道ではない。だから 自分の感情に任せて渓を泣かせたことを後悔しつつ、それを口に出すことはで きなかった。それに学校内で渓に話しかけると迷惑がかかる。謝るにはちょう どいい場所だった。 「ああ、前は悪かったな」 「違うの」 一気に話しかける。 「今日、朝霧さんに聞いて昔のこと聞いた。ほんとうにごめん」 少々誇張気味な態度で謝る渓。一瞬、聖はその姿に驚くが、別の考えが浮か ぶ。 「水崎、だったよな、名前」 顔を上げる渓。 「暇ならちょっと付き合ってくれ」 電車で2駅。そこから歩いて10分。聖が渓を連れて行った場所は自動車レース 場。渓は喫茶店かどこかで光の話でもするのではないかと思っていただけにこ のような場所へ連れて行かれたことに混乱する。そんな渓をよそに、聖は中へ 入り、金を払う。 「聖。あと四十万でこのバイクがお前のものだな」 体の大きな中年男性が聖に笑いかける。聖はその人に笑って何か言葉を返し ヘルメットを取ってくる。 さて、困ったぞ。 とにかく、バイクばかりが並んだこの場所が渓にとって相当居心地の悪い場 所であるのは確かだ。渓は帰る機会を覗っていた。やっぱり、自分の勘違いで あったような気がしてきたからだ。つり橋効果。渓はちょっと前に読んだ本の ことを思い出す。恐怖のどきどき、と恋のどきどき、を間違ってしまったんじ ゃないか、と。 「おい、お前彼女でも連れてきたのか」 突然男性の視線が渓に向く。こう、男性の視線が向くとつい、笑い返してし まうのが渓の癖だ。 「そんな立派なものじゃねえよ。水崎って名前。おい、おっさん。無駄口叩く 暇あったら水崎、スタンドに案内しておいてくれ。それから水崎」 聖は渓に向き直る。 「話すより見たほうがわかると思ってな。退屈なら帰れ」 聖はそういうとゆっくりとバイクを押していった。その姿をぼおっと眺める 渓の肩を誰かが叩き、振り返ると聖におっさんと呼ばれた男が立っていた。 「じゃあ姉ちゃん、ついてこいや。彼氏の勇姿でも見てやれよ」 渓はいいたいことがいくつかあったが強引な笑いについていく。勘違いだと 認める前に聖の姿をもう一度見てもいい、と思ったから。 聖はこの日、一時間ほどで練習を終えた。その間渓は聖の姿を目で追ってい た。これまでモータースポーツなど渓にとっては何ら関係のなかったものだ。 時としてニュースなんかに出てくる話題。その印象も怖い、というだけ。今日、 そのイメージは変わらなかった。聖の疾走する姿を見て何度心臓が止まりそう になっただろう。それでも渓は見続けた。怖い以上に素晴らしかったからであ る。 常識では考えられないスピードで走る聖のバイクは美しくすらあった。一瞬 の気の緩みという言葉がどこにも許されない緊張感、そして爽快な風。練習を 終えこちらに戻ってきた聖を見てただ、渓は嬉しかった。そして、願わくは聖 の腰をつかんで、自分もバイクになってみたい、と思う。 心の中で繰り返した。おかえりなさい、と。 次の日、疲れ果てて学校で眠っている聖の姿は渓の中で既に素敵な寝顔と写っ ていたことは言うまでもない。 |