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正義のヒーローは鈍感です
聖は深夜、道路掃除のバイトをしている。聖がきついバイトをするには一つ の理由がある。 バイクだ。もちろん、街中で迷惑を書けるようなことをしたいわけではない。 あの骨折の後、近くのサーキットでたまたま乗ったバイクを忘れられず、サー キットへ通っているのだ。もともと運動感覚の悪くない聖はバイクの技術も目 にみえて向上し、レースに出ることができるようになるかもしれない、といわ れるレベルだ。聖のバイトは自分の夢をかなえる資金作りだ。金が必要だった。 結局、授業中は殆ど睡眠、先生も生徒も声をかけることはない。学校で邪魔者 扱いされているのは知っている。いつか聖は自分がバイクの道で認められたと き、光と話し合おう、と思っている。だからこそ、今は光と顔をあわせるべき ではない。 午前五時。こんな夏至の近くだと心地よい太陽が朝早くから入ってくる。渓 は起きるとまずカーテンを開けて、町並みを見る。それが日課だ。中学生のと き母親を亡くして以来、弟と父親と自分の弁当を作るために早くから起きてい る。古い夜が終わり、新しい朝から生まれる新鮮な空気は渓の大好きな一日の 始まり。昨日、聖に声をかけてからずっと泣き、家に帰っても泣き、友人に電 話を掛けまくって泣き、弟に愚痴って、お風呂に入ってようやく落ち着いた。 聖の怖い姿を思い出してあまりよく眠れなかった。とにかく朝の新鮮な空気を 吸いたい。扉を開け、いつもの大好きな街を眺める。人通りの少ない、いや、 今日に限って玄関前の道を誰かが歩いている。 聖だった。朝焼けに立つ、聖の姿はやっぱり自分を助けてくれた聖だった。 その姿は、格好よく、きれいだった。 この間の抜けた正義のヒーローはやっぱりどこか間の抜けた魅力を持ってい る。 渓は皆の言うように聖を怖いだけの人間ではないと確信した。あの時自分の 前から立ち去った聖は西洋の騎士のように格好よかった。こうやって朝、母親 の代わりに早起きをして町並みを見ている自分の前に現れた聖は、一枚の絵だ った。 太陽の強い照り付けを分厚い雲が覆う、初夏のある日。湿気の多い風が教室 に入ると一瞬、夏のにおいがする。目に見えるもの全てが自己主張を始めるよ うな初夏の空気。制服は白く開放反にあふれるが、この時期ほど閉塞した季節 はない。 その日、聖は二時間目の体育の途中でやってきた。体育の授業後、いつもど おり三時間目からは寝ようとする。 「おい、俺の財布知らんか」 教室に響く、声。ざわめきが広がる。それは、教室の一転に集中する。聖に 集まる視線は、無言の了解だった。仕組まれたかのように財布を取られたとい う男子生徒が授業の冒頭で盗難について先生に言う。授業どころではなくなっ た。 「中西、お前財布出せ」 聖の遅れてきた体育の授業の後。そして聖をあからさまに嫌う教師の授業。 明らかに、クラスの「誰か」の聖に対する嫌がらせだ。光は勘付いた。教師の 非常識な言動を止め、今こそ聖を助けなければならない。だが、光の躊躇の中、 聖は財布を出した。中身を確認した教師が言う。 「お前、どうして九万も入ってるんだ」 たまたま給料日であり、帰りに金を届けようとしていただけなのだが、言う 気などなかった。教師との間ににらみ合いが始まる。 「言って信じるのか、このクズ教師が」 教師が一気に赤くなる。 「こ、この、おい、中西」 「日本語を話せ。俺は人生に忙しい。寝るぞ」 聖が教師をにらみつける。眼光も、何もかも聖の勝ちだった。授業は気まず く始まり、そして終わった。 授業が終わり、この「事件」を仕組んだ男子生徒が四人で聖をなじる。 「おい、泥棒、後の分はどこの隠したんだ」 「あと十万はあるんじゃね」 長身の聖を半ば恐れながら集団で聖を取り囲む姿は滑稽ではあるが本人たち は気付いていない。聖はそれらを無視して外に出ようとした。相手にしてもよ かったが無駄に力を使う相手ですらないと知っていたから。 「逃げるなよ、泥棒」 聖の目に殺気がこもる。やはり先手必勝か。聖が手を出そうとした瞬間。騒 然となるクラスの中に突然大きな声が響いた。 「恥ずかしくないの、あんたたち」 クラスのざわめきが消える。その言葉に全ての動作をやめる聖。 「あんたたち、中西はね、そんなことしない。盗られてもいないくせにいい加 減にしなさい。大体あんたたちこそ、体育の授業と中で抜け出したでしょ」 誰もがあっけに取られてそちらを見る。クラス一物静かで成績優秀な光が大 声で男子生徒を叱るなど、ありえないことだから。笑うことですらめったにし ない光が、怒ることがあるなど、にわかには誰も信じられない。だが、光は自 分に集まる目線に動じない。 光はなおも続ける。 「だいたいね、あんたもひとことくらいいいなさいよ。濡れ衣着せられて恥ず かしくないわけ。それが格好いいとでも思ってんの。気取んじゃない、ばか。 ばか聖、何とか言いなさいよ」 光の興奮は収まらない。 「光。落ちつけ」 三年ぶりの会話だった。お互いの目もあわせずに、そしてそれ以上言葉も交 わさずに。 聖は心の中で舌をかんだ。焦ってつい、光、と呼んでしまったこと。光のほ うも自分が興奮していたことに気付いて赤くなる。光に視線が集中することだ けは避けたい。だから聖は言う。 「お前たち、ほんとうに盗られたなら俺と職員室に来い」 聖はそういって教室を離れた。皆があっけにとられていた。男子生徒たちは 引き下がる。そんななか、渓だけは光の顔を見つめている。 昼休みになっても聖は帰ってこなかった。光は弁当を広げたものの箸をつけ ていない。一方の渓は猛烈なスピードで弁当を食べ終え、そっと光の後ろに立 ち、肩をつかみ、光の横から顔を出す。 「朝霧さーん。わたし、質問あるなあ」 突然肩をつかまれ、箸を落として飛び上がる光。 「もう、水崎さん、何するの」 光は驚きを落ち着けて渓の顔を見る。そこには渓のにんまり顔。渓の笑い顔 にはほんとうに魔力がある。この意気消沈中に、まあ許してあげようかという 気持ちにさせるのだから。渓はその笑い顔のまま、光に後ろから抱きついて耳 元でささやく。 「あのさ、中西君、どんな人なの」 一瞬、渓の体を振り払おうとした。だが、思いのほか渓はがっちりと光をつ かんでいる。力を入れた光に渓はこれまで以上の笑い顔を向ける。 「ごめんなさい。ちょっとそれは、答えたくな」 その言葉は渓の瞳と言葉にさえぎられる。 「悪い人じゃないよね。だって私、優しい中西君を知っているし、それに朝霧 さんと知り合いなんだから」 ようやくこの頃になって、この、天真爛漫に見えた渓のたずね方が実は計算 づくであったことに気付く。さすがサッカー部のマネージャーでもあり、男子 生徒の中でも人気のある人物だ。 それにしても聖はいつ渓を助けたのだろう。渓はいったい、何を知っている のだろう。光はこれまで渓が聖を嫌っているとばかり思っていた。聖をサッカ ー部に勧誘したときの渓を思い出す。いくら渓が悪いとはいえ仮にも泣かされ たのだ。あの時は大変だった。クラスの女子全員で渓の肩を持ち、聖を休み時 間ごとに聖を罵倒していた。 「水崎さん、その話、後でするから、離して、ね」 光はかろうじてそういうと渓を引き離していすに座りなおす。だが、結局は 弁当に手をつけることはできなかった。 昼休みが終わり、聖はようやく教室に帰ってきた。結局、聖は言いがかりを つけられただけ、と判断された。憮然と授業を受ける聖。その姿を渓は優しい 目で見、光はわざと視界からはずした。 |