けんかのあとは

第1話

早速仲違い
 冬来たれば春遠からじ。
 季節は今、まさに春である。
 そんな春の日。桜の咲き誇る入学式の日。
 小さな枝を地面に埋める真新しい制服の女の子。
 どうか、この樹が百年以上長生きしますように。

「聖、聖…」
 消え入りそうになるその声は大きな病院の治療室の前から聞こえる。
 少年が運ばれて小一時間。治療室の前で光は泣いている。考えることなんて
今はできない。どうしよう、どうしよう、って何を。そうだ、聖に、なんて言
おう。私のためにあんな怪我をしてしまった聖に。
 普段元気な聖が痛みに耐える顔を初めて見た。そして、光は延々と聖のいる
治療室の前で泣いている。
 扉が開いた。
「中西君のことですが」
 中の医者が表情を変えずに話し出す。ついさっき到着した聖の両親と光が顔
を上げた。その光に対して少し笑って
「大丈夫です。普通の骨折なんで一ヶ月もすれば歩けるようになりますから」
 そういう問題ではない。もうすぐ大切な試合があるというのに歩けるだけで
は話にならない。光は文字通り、目の前が暗くなった。

 松葉杖をつく聖。視線の先には広いグラウンドで練習するサッカー部の姿が
ある。レギュラーであった聖は今回、そして今回以降、試合には出場できない。
黙って遠くから練習を見る聖の横には光がいる。
 朝霧、光。人と比べると少し元気なのがとりえの、普通の女の子。
 中西、聖。スポーツの好きなこれまた普通の男の子。
 光は中西聖と幼稚園以来、ずっと顔を見合わせている。それはどこにでもあ
るありがちな幼馴染。小学生になっても、中学生になっても世界は変わること
はない、はずだった。別に心の底から好きだと思ったわけではないが周りが恋
人を作り始めるととりあえずつきあってみた。光が告白し、聖はその言葉を受
け入れた。だが、学校から一緒に帰るようになった以外、特に変化はない。
 そして問題の日曜日だ。その日は聖の所属しているサッカー部の練習の日。
珍しく、聖が練習の後に少し遊ぼう、と光を誘ったのだ。その帰り道、道で見
つけた子猫にかまって道端でしゃがみこむ光は聖に突然蹴飛ばされ、側溝には
まり込んだ。光の目の前を車が走りぬけ、何か巨大なものが転げていった。
 聖のとっさの行動だった。そのままでは光がはねられる。だから、光を蹴飛
ばした。
 光には何が起こったのかわからない。ただ、ふらつく頭で立ち上がると少し
離れた道端で足を押さえている聖の姿があった。で、気が動転しているうちに
そのまま聖は病院に運ばれたわけだ。
 光はあのときの事故を回想する。そうだ、聖に何か一言言わないといけない。
言い出すことのできない光をおいていくかのように聖は荷物を背負っていた。
「あっ聖。帰るなら一緒に」
「いい。一人で帰らせろ」
「もう。そんなこといわないでよ。ねえ。荷物くらい持ってくよ」
「だからいいっていってるだろ。だまれよ」
 頭が真っ白になった。
聖のいらだった言葉。そんなにトゲのある言葉を聞いたのは、光にとっては初
めてだった。乱暴に言い捨ててゆっくりと歩き出す聖。その気になればすぐに
追いつけるはずの聖の背中を見ながら光はその場に取り残される。
 聖が冷たくした。ましてや自分が優しく出ている、というのに。
 日の沈む頃、涙でどうしようもない顔になった自分に、気付いた。
 次の日、光はひどい顔のまま学校へ向かう。その道の途中、いつもの待ち合
わせの場所に聖は、今日もいた。聖が少し気まずそうな顔をして何かを言いか
ける。
 反射的にそれを遮って言う。
「何よ。あんたが幼馴染だってだけでも嫌なのに」
 小さくつぶやいたはずだがそれはしっかりと聖の耳に届いた。
 聖と話し合うことがなくなったその日以来、光は持ち前の明るさを無くし、
誰からも落ち着いた優秀な生徒だと思われるようになった。一方で聖はサッカ
ーをやめて以来授業にも出なくなった。廊下か屋上でさぼり、夜は遅くまで出
歩く毎日。だれもが聖と関わらないようになった。
 聖と「付き合う」前と同じように一人で登校し、下校する毎日。その毎日を
光は寂しいと思えるほどに子供でも大人でもなかった。

注釈
中西 聖(なかにしひじり)
朝霧 光(あさぎりひかり)
水崎 渓(みずさきけい)

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