如月陽花。御年十五年の女子中学生で何もかもがでかい娘である。 長所は人ごみでも探しやすいこと。短所は三年間で制服を三着も買わされた こと。そして佳澄と連れ立つと姉妹のように見えてしまうこと。もちろん、陽 花が姉で佳澄が妹だ。 明るく育つようにと願いを込めて「陽」、美しく育つようにと願いを込めて 「花」、読み方には高みにたどり着いて欲しいという願いを込めて「はるか」。 目に入れても痛くない勢いで可愛がりまくって育てた。まさに親心と親ばかの 賜物であり、おとーさんとならキスしてもいいよ、なんて言ってくれても犯罪 ではないと思うのだが 「遠慮するわよ、汚い」 これだ。自分ひとりででかくなってきたような顔をする。そうだ、ドラマで やっていた。そのうち娘はお父さんのパンツを箸で摘むようになるらしい。 「待て陽花。いくらなんでも箸で摘むのはやめてくれ」 「はい?摘むくらいなら突き刺すよ何の話か知らないけど」 俺が男でいられる時間も残りわずかかもしれない。 「いや、陽花もドラマの見すぎはよくないぞ、うん」 「はい?昨日一緒に見たじゃない。結婚は人生の墓場だって言葉に頷いていた の、お父さんでしょ。ま、どう見てもお父さんの場合結婚はパラダイスって感 じだけど」 「ああ、毎日がパラダイスだ。ちなみに出会った頃の佳澄はパラダイスを無法 地帯だと思っていたけどな」 「やっぱりアホね、お母さんって」 鼻で笑う。憐れ、母親。 「ところで陽花はパラダイスって意味、知ってんのか」 一応確かめておくことにした。 「知ってるわよ。風俗店の名前でしょ。駅前にあるじゃない」 アホだ。 佳澄よりアホだ。母娘そろってアホだ。佳澄の持病のアホが遺伝したに決まっ ている。決して俺のではないと祈りたい。まったく、佳澄がアホを一発かます たびに百円を貯金させれば銀婚式までに家くらい買えるのではなかろうか。 「ま、アホも悪くはない。佳澄なんて子供産む寸前まで『赤ちゃんはコウノト リが運んでくるんです』とか本気で言ってたからな」 思い出す。 そのとき、佳澄の顔はまっかっかだった。そして、 『コウノトリが運んでくるんです』 なんとか声を絞り出してそう言った。 アホか。小学校の性教育からやり直せ。 人生のどの断片を拾ってみても思い浮かぶのは佳澄のアホトークばかり。 「ま、お母さんの場合はアホっていうよりは純真なんだよね」 「だろ、かわいいだろ」 「ってどうやってだまして産ませたのよ。もしかして私ほんとうは拾われた子 なの前から思ってたのよなんでこの家で私だけこんなにかわいくて賢いのかっ てそんなに拾うのが好きだったらカムチャツカでも行って遺品回収手伝ってく ればいいのよお父さんはそのへんどう思っているわけ」 取り乱しているようでツボを押さえつつさりげなく自分の妄想を組み入れる 当たり、佳澄のアホだけが遺伝したのではないらしい。少しは俺の聡明さも遺 伝した、ということか。 「まあ落ち着け。カムチャツカ云々はともかく、佳澄にどうやって産ませたか、 だがな」 「うん、さっさと続けてくれないとお父さんの遺品回収するから知らないと思っ てるの箪笥の奥に隠している本のこと」 やめろ。佳澄に隠してこっそりためたイケナイ本を夜な夜な発見するのはや めろ。 「……あれは忘れもしない新婚初夜だった。佳澄の耳元で『赤ちゃんはキャベ ツ畑から探してくるんだ』と囁いたら『一緒に探しましょう』とかどうしよう もない発言を佳澄がやっちまってな。とりあえず天井の染みを数えさせている うちに、やっ・ちゃっ・た☆」 「……どこの悪代官よ、それ」 だが、そのだまし討ちのおかげで今の陽花がいるのだ。 「感謝しろよ、陽花。生まれてきたのは半分俺のおかげだ」 肩を叩く。 「むしろ感謝しなさい、かわいい娘がいなければ立派な犯罪者よ」 肩を叩き返される。傍から見れば反省中のサル二匹というところだろうか。 「ま、佳澄には負けるが陽花もかわいいもんな。かわいいから許す」 「なによそれ。お母さんなんかと比べないでよ。そんなのお母さんの言いなり になってるみたいじゃない」 出た。 母親への微妙な敵対心だ。微妙なお年頃、というやつなのだろう。 陽花はことあるごとに俺に当たるが、その実標的は佳澄だ。別に母親嫌いの 娘でも、ファザコン気味でもないのだが、ちょっとしたところで母親に対抗意 識を燃やすらしい。かわいらしいやつである。 「ふっ、陽花など佳澄の足元にも及ばん。かわいいとかわいらしいの距離は百 万光年離れてるんだ」 「うわ、距離単位で光年使った人初めて見た。偉いね偉いね。あとで百円あげ ようか」 「そうだろ。今のはお父さんは賢いんだって証拠だ」 「さすがよお父さん。やっぱり天才とは紙一重ね」 そうだろそうだろ。 「って紙一重で危ない人だろうが」 「さて、うるさいのはほっといてさっさと朝食にしますか」 全権を握っているのは陽花、そして時点で佳澄。俺はこうやって虐げられて いるのである。感心する勢いで椅子に腰を下ろし、それでも贔屓目には優雅な 仕草で髪を上げて食卓を眺める陽花。 顔つきだけは佳澄譲りでかわいらしい。それは認める。が、性格は俺の能天 気で大雑把なところと、佳澄のアホで突っ走るところを受け継いだらしく、女 の子らしさなんて砂漠の中の水の如し。 顔だけはそれなりにかわいい親分肌の天然ボケ能天気大雑把ドジっこ中学生。 こういう手合いは当然のごとく同性からもてるため、陽花の貰ったラブレター は同性からのみという切ない状況となっている。だがそれは我が家のトップシー クレットだ。もし口にしたらその瞬間、一家惨殺事件が発生しそうなので見て 見ぬ振りを通している。あの口の滑りやすい佳澄ですら沈黙を守るのだ。おそ らくは野性の本能で最近のキレやすい子供から身を守っているのだろう。 「だいたいキスの一つや二つで変態とか言うな。お前だってあと二年もたてば どこかしこ関係なく路チューしまくるに決まってる」 「あそ。古いわよ、それ」 鼻で笑い、食事を口に運びこむ。 「ちなみに佳澄は強引にやってしまうと繁華街の歩道でも泣くんだ」 「はいはいお母さんの話はどうでもいいから。お父さんはもっとどうでもいい から」 「……ちょっとは俺に同情してくれ、陽花」 「むしろお母さんに同情して警察でも呼んでやりたいわ」 いや、いい加減観念しない佳澄も悪い。 「でも佳澄も二人になった瞬間に結構大胆だからな。俺のほうが吸い尽くされ そうだぜ」 「あーはいはい、妄想はそれくらいでね。せいぜい娘の玉肌を狙いに来ないで ちょうだい」 た、 「玉肌、なのか、陽花」 いざ、パラダイス。 「あのね、ケダモノかあんたは。無い脳みそ使って考えなさいよ、そもそも私 は若いんだからお母さんよりは瑞々しいに決まってるでしょ」 「だが玉肌は正義なんだ、男のロマンなんだ」 胸の中の熱い思いをぶちまける。 「三日前の男のロマンは巨乳だったくせに。ちなみにその前は踝の白さ、その 前は着衣に萌え転がってたわよ。幸せね」 うわ。どこの変態だそれ。 「って俺か。俺が悪いのか。男のロマンは罪なのかーっ」 「ちょっと、朝からご近所さんに自分のアホを宣伝しないでよ。いいからそろ そろお母さんのフォローでもしてあげれば」 ……ん?そう言えば佳澄はどうした……? 胸に手を当てて佳澄のことを思い出す。 …… ……… ………… そうだ。朝起きて来て佳澄とキスして、そのままだ。いわゆる放置プレイと いうやつである。キスした後、なぜかそのまま固まってしまっていたらしい。 朝から忙しいやつである。 ま、とりあえず俺の腕の中で固まられてもアレなので佳澄から手を離してみ た。途端、佳澄は重力に引かれ、等加速度運動で椅子に着地。 ごつん。 「うわ、えげつない音……」 「言うな。佳澄は対爆仕様だ」 絶対やばそうな場所を打ちつけた音が響く、が。 佳澄の体には何の反応もなし。 「おい、佳澄。いい加減起きろ」 食卓で石化したまま動かぬ佳澄の手をとってみる。 …… ……… 脈はあるが反応がない。 生きているようなので心配は要らない、が。 「仕方ない。キスして起こすか。王道だもんな」 「お父さんキスしたいだけでしょ。ほんとに変態ね。結婚生活は冷戦だって言 うのに仲良いことで何より」 雑音は無視してとりあえず佳澄にキスする。朝からディープにはまり込むの もアレなので頬に少し、だ。 ちゅ。 |
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