Fairy Ring Overdose

最終話

田中さんとキノコ
 卒業式も終わり。それぞれ進むべき道へ。同じ場所から目指す、それぞれの
高みへ。
 この、始まりと終わりの場所からふたりで歩いている。義信がどうしても見
せたいという景色を見に。街の大通りを歩き、北に行くに連れてどんどん山が
迫る。なだらかな坂道をただ二人、歩き続ける。
 緑に囲まれた小さなロープウェイの駅。この街の近くにそびえる山の山頂へ
と向かう。義信の見せたいものがそれだと、私はわかっている。今更怖がるも
のも、恨むものもないはずだ。それでも認めたくなくて。少しだけロープウェ
イに乗ることをためらう。そんな私の背中をそっと押し出す義信。
 このロープウェイに乗れば山頂に着く。そこからの展望は、とてもきれいな
はずだ。この街の夜景はとってもきれいだって、誰もが言うもの。
 街の景色を、見たくはなかった。
 私がずっと、冷たさを与えてきた街。届かない幸せを見せ続けた街。だけど
離れられない、大切な人々の住む街。たくさんの人が死んで、たくさんの人が
助け合って、たくさんの人が生きている街。私の住む、港町。もしその中に。
私の居場所がやっぱりなかったら。不安だった。今更、街を否定し続けた私を
街が受け入れてくれなかったらどうしよう。だからこそ、義信と二人なら、私
の幸せが近くにいてくれるのなら耐えられる。そう思った。ここで逃げ出せば
また、冷たさしか残らない。
 ロープウェイが軽快に山肌を登る。目に映るのは冬枯れのままの山肌。新緑
はまだまだ先。谷筋には雪の名残がぽつりぽつり。後ろに広がっているはずの
街並みを見てしまわないように、ただ義信の手を強く握って。
 ずっと、無言だった。
 なぜか。その緊張は私一人のものではないとわかった。義信もきっと、この
街に抱えるものがある。ならば。ここまで引っ張ってきてもらった私がここか
ら引っ張ってあげよう、そう決める。
 山頂駅に到着し、手をつないだまま花壇の中を高みへ。どこまでも高く、高
く。そして行き着いた場所。目を閉じた。
 強い風の吹くところ。少しつめたい、けれど春のにおいを含んだ空気。どこ
か薄桃色のにおいが一気に吹き抜ける。
 温かなものがまぶたに影となって現れる。その先、この街の明るさを知らせ
るような。
 肩に軽いものが触れる。軽くて、温かくて。そしてどこまでも優しくて私だ
けのぬくもりが。そのぬくもりがそっと私の体を押す。
 羽が生えたようだった。まぶたを通じて感じる温かい日差し、そして人のぬ
くもり。
 もう、後押しはここまで。だから、そっと目を開けた。
 さわやかな夕日が街を照らす。
 遠くの海から優しく光を投げかける。大気に少しだけ湿り気を残して、ある
もの全てを温かく照らして。
 屋根瓦についた露を反射して、空光る。その、いつも見てきた当たり前の、
なんでもない風景。ガラスの街と、海が同じようにうつす光の影二つ。ずっと
向こうの島にかかる白い橋に光がともっている。私がずっと、届かないと思っ
ていた、冷たいはずの風景。
 手を伸ばしても届かなかったはずの幸せが見えていた。ここから手を伸ばし
ても届かないけれど。私は、あの中に帰っていく。幸せの中に。
 遠くからやってきた。
 とっても遠い道のりだった。長い、長い道だった。
 幸せを求めていた。
 手のひらで溶けていく雪のような幸せに体を冷やしてみたりした。
 でも。私の肩の上に乗っているぬくもりに気付いた。
 ああ、そうだったんだ。私は、こんなところにいたんだ。こんなにも光に照
らされた、こんなにも祝福された、この港町に。山から吹き降ろす優しい風に
愛された、この街に。
 私も、そんな中にずっといた。
 私はずっと幸せで。ずっと守られて。今もその中にいる。
 肩に乗る幸せの形。その先には私のつむぐ幸せがある。大好きな人とつづっ
ていく、平凡で、だけど大切な私の幸せが。今が幸せだってわかっている。だ
けど、ちょっと甘えたっていい。
 私を包むには十分すぎるほど大きな義信の胸に顔を埋めてみる。目を閉じて、
その温かさの中に。
 今、祈る。
 どうか、この光を永遠に。街に祝福を。
 そして感謝する。
 この街と、そして私の全てに。
 母から私への絆。これから生み出す、新しい光に。


Fin

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