Fairy Ring Overdose

第11話

母から娘へと受け継ぐもの
 今日三回目の飲み物。母が入れてくるのはなぜか安物の紅茶。父が入れてく
れるものと一緒だ。さて、母がのんびりと父とであったころの話しでもしてく
れるんじゃないかって感じの温かな空気。一息入れる。
「ところでさ、有紀。泣きながら藤原の名前呼んでたけど、もしかしてアレ」
 顔が熱くなる。……頼むから笑って小指を動かすのはやめてくれ、お母さん。
取り乱してそんなことを叫んでしまったことに後悔する。母強し。すっかり落
ち着いた母は既に最大の天敵になっている。恐るべし、母親。
「あ、ああ、聞き間違いだよ、きっと、ふじわらよしの、じゃなくて麦わら帽
子の聞き間違い」
 間違えるはずがない。だから頼みますから目だけ笑わないでください。
「…ごめんなさい、藤原義信と言いました」
 母には勝てない。これは永遠の真理。家族がいるっていいなあははは。
「いいじゃない、お母さんなんだし。でも母の忠告としてはけっこういいよ、あ
の子」
 ……頭が痛い。片山みさきが二人に増えた気分。お節介な、どこか一生懸命な。
ま、総合的に見ればそれもまた幸せなんだろう、か。……ん。そういやちょっと
おかしい。
 なぜ母が藤原義信を知っているのだろう。そっか、この家で藤原義信のことを
少し話したことがあったような気もする。でも半笑いで忠告できるほど言ったこ
とはない。
「なんで藤原義信を知ってるのよ」
 恥ずかしい以前の疑問。
「ああ、あの子、うちで雇うから。その本、貸したのもお母さん」
 ってことは。藤原義信が就職するのはお母さんの会社、なんだ。
「えっ、えぇぇーーー」
 三秒遅れの悲鳴を漏らす。母の会社で藤原義信が働いて、私は母と一緒に暮ら
して。こんなところでつながっていたなんて。地球って狭いっていうけれど。
 この街って意外と狭いんだ、そう思った。目に見えるものは届かないものじゃ
なくて。実は届くところにあるんだ。田舎のように目には見えなくても人と人は
この街につながっている。
「そっかぁ。あの子、片思いの子がいるとかいってたけどもしかして有紀のこと
なんだ。お母さんも鼻が高いわ」
 前言撤回。結局からかわれているの、ね。顔がかつてないほどに熱くなる。あ
あ、母と暮らすのも一苦労なのか。だが母は娘の状況を完璧に無視。
「ていうかあんたたちお互いに好きなんだ。ほんと、お互いに鈍感というか。ど
うせ有紀のことだから自分ひとり片思いで向こうは気付いてくれないなんて思っ
てたんでしょ、うちの娘も鈍感だわ、誰に似たんだか」
 そこで物思いにふけるのはやめなさい。よし、これからお母さんとお父さんの
出会いとか、いろんなことを聞いてやろう。私が感じた恥ずかしさと気持ちの高
まりを同じ分だけ返してやるんだ。
 でも、まあ。仮に藤原義信が片思いをしていたとして、その相手が私である可
能性は高くない。私だって女の子だ。救いようのないほど鈍感でもばかでもない。
 藤原義信が私を見る目は、確かに好意が含まれてはいた。でも好きな女の子と
して見てくれていたとは思わない。言葉にするのは難しいけれど。家族に向ける
ような目だった。
 もし私であったとして。あんなことがあったのだから、もはや私は対象外だろ
う。案外片山みさきだったりして。とりあえず、お母さんの注目を藤原義信から
はずしておこう。
「でもお母さん、ちょっと前、藤原くんの就職のこと、学校で人にしゃべってし
まって。それで嫌われたと思うからもうだめだと思う」
 思いっきり笑われる。ああ、あいつはそんなこと気にしないわよ、馬鹿ねえ、
笑い声の中にそんな言葉を言って。そして続けた。
「わかった、お母さんに任せなさい」
 片山みさきと同じことを言う。私の周りは何でこんな人ばっかりなんだろう。
せっかくだけど、母には任せられない。母に任せてしまったら私はずっと後悔す
る。明日にはこの本を返して、そして自分の思いだけ入ってしまう。嫌われてい
るだろうけれど、最後くらい正直に声をかけよう。
「いい、自分のことは自分でする。それよりさ」
 私の言葉を遮る。
「わかった、有紀。明日の卒業式、楽しみにしてる」
 言おうとしていたことを先に言われる。
「うん、お母さん、ありがとう」
 母に手を振る。行き慣れた私の居場所、「田中さん」の家に別れを告げて、私
の家にこんにちはを告げる行為。帰ったら親戚に言おう。ありがとう、って。私
は私のあるべき場所に行くって。私だって私の幸せのために他人を傷つける。そ
れが生きていくってことだから。これからもたくさんの人の心に傷を付けて私は
幸せになろう。そしてこの幸せをどうか、この街の人々に。世界の人々に。

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