Fairy Ring

幸せとありきたりと

タイトル
Fairy Ring:日本語では菌輪。キノコが輪になって出てくる様子。生きた樹に寄
生するキノコが一点を中心に菌糸を伸ばすことからこのような現象が生まれる。
マツタケなどで有名。西洋では妖精の踊った跡であるとの伝承があり、このよう
な名前がついた。


 雪は大嫌い。体の奥から冷やされる感覚が独りぼっちになってしまったような、
そんな気分にさせるから。記憶のどこか、手に届かないところに残る、不思議な
感覚。とても優しい女の人が私を笑顔で突き放した、その記憶にすらない映像を
頭の中にしっかりと思い描くことができる。
 別れの日にはいつも、雪が降っていた。自分の名前が有紀である、というのが
よけいにうっとうしくて、大嫌になる。雪の降る日に生まれてきたから有紀とい
う名前を付けられたらしい。それなら生まれて来なきゃよかった、と真剣に思う。
街の冷たさを痛いほどに感じてしまう。
 街の冷たさは冬の夜空の星に似ている。きれいに光るのに、届かない。幸せに
は、永遠に届かない。

「って、有紀、聞いてるの」
 どうやら現実は私に物思いすらせてくれないみたい。
「ごめん、聞いてなかった。何の話だっけ」
 何気ない憂鬱はぴったりと途切れる。
「もう、もー信じられない。人の話をねえ」
「ごめんなさい。でも」
 意味もないのに謝る私。時間は午後六時。制服のまま大通りに面したファース
トフード店で座っている高校生二人。他人から見るとまったく、ありがちな人間
同士なのだろう。二年生のときから同じクラスになった片山みさきと下校途中の
ファーストフード店でのんびり話をする、それが私の一日のしめくくり。帰りは
いつも遅くなる。二人で一つ頼んだコーヒーを二時間ほどかけて飲んで、他愛の
ない話をするだけの毎日。
 片山みさきがふっと笑って私の頭をなでる。頭をなでるのか片山みさきの癖。
頭をなでられる瞬間、上のほうからふわっと漂ってくる、少し甘い感じの匂いが
なぜか、幸せを運んできてくれる気分にさせてくれる。幼いころどこかで体験し
た、幸せとは少し違って薄っぺらだけど。
「もう、かわいいねえ、有紀は。そりゃさ、あんたの家が大変なのはわかるけど
そんなはかなげな顔されたら抱きしめたくなるよ」
 ふざけて肩に手を回す片山みさき。制服の生地が首筋に少し痛く感じるけれど、
嫌いじゃない。脈絡も都合もあったもんじゃないけれど。まったく、何が「はか
なげな顔」なんだろう。通りに面したガラスに映った自分の顔を眺める。高校に
入ってから伸ばし続けた髪が少し鬱陶しい。かざりっけのない、褒めるなら美術
の教科書に載っているギリシャの彫刻みたいな顔。頭をなでられるのは嫌いじゃ
ないから黙ってされるがままにされている私は、ちょっとかわいそうに見える。
 ぬるま湯のような時間がのんびりと過ぎていく、街。この街なりの温かさと、
冷たさ。片山みさきが友人でよかったと思うのはこんなときだ。状況を深刻に考
えず、いつだって気楽に話しかけてくれる。無神経であるようで、空気を読んだ
可愛がりかたをする。そんなちょっと意地悪なお姉さんのような。
「あっ、有紀。ほら、前の道に注目。リア通ってくよ」
 悪質なからかいだ。反射的に顔を下げる。途端。また頭をなでられた。この人
は本当にいたずら好き。からかわれても、なぜだか嫌な気がしないもの。
「みさき、もう帰ろ。今日は寒くなるみたいだし」
 適当な切り出しで帰ることになった。街の明かり。山に広がる閑静な住宅街へ
と星をちりばめたように見える。あの小さな光のどこかが私の家で、そこに戻ら
ねばならない。冬の夜空に広がる星はひときわ冷たく輝くけれど、それならば人
の世界はずっと冬なんだ、と思う。
 街が温かいなら、それは家族の温かさだと思う。私にはない、訪れることのな
い温かさだけが街の孤独を救ってくれるのだと思う。

※注釈
登場人物(現時点で登場していない人物を含みます)

有紀(ゆき)
片山みさき(かたやまみさき)
藤原義信(ふじわらよしのぶ)
藤原義信の通称:リア
田中さん

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