誕生詩 -学校祭-

第44話 5月16日(日)

 満開の桜並木を登る。隣には丹沢。日曜日である。結局俺が一人で登校した
のはただの二日で、破壊工作専門の目覚まし時計は本日より絶賛稼動中。扉を
爆破せん勢いで現れた。
「くそ、もう少し一人を楽しみたかったぜ」
 といいつつも、丹沢が隣にいるというのはなかなかの安心感だ。恐るべし、
生活習慣。
「で、新島さんを連れ込んだ後どうしたの。やっぱり襲っちゃったとか」
 むしろ襲われたのだ。
「もうそりゃすごかった。激しかった。最初は新島が俺にマウントポジション。
もう昇天するかと思った。で、俺も新島を押さえつけてさ、新島の顔なんてい
ろんな液体でどろどろになっていたぞ」
 鼻水から鼻血まで、格闘の痕跡にまみれていた。
「そ、そう、なの。それって同意の上で? 」
 無駄に慌てる丹沢がどうしようもなく幸せそうだ。せっかくの勘違いなので
幸せなままにしておいてやろう。
「同意なんてあるわけないだろ。新島も最初は抵抗していたんだが暴れるとこ
ろを押さえつけるとおとなしくなって、で、やりたい放題」
 結構強引だったのは事実だ。
「さすがにそれは感心しないわね。ほら、あれ。結果オーライでも雰囲気とか
大事でしょ、だからさ。女の子は優しく扱ってもらえるとうれしいかなあ、
って」
 丹沢が妄想の海へと繰り出す。さよなら、丹沢。
「でも大胆なんだぜ新島も。扉の前で『見てて』とかいって見せるし」
 あのドアの開け方にはさすがにたまげた。新島の下宿を訪れる機会があれば
遺書を書いてからあけてみようと思う。
「マニアックな世界ね、あんたたち」
 ダウン寸前の丹沢とクラスへ入る。クラスの舞台発表は午後からだ。午前中
くらいは適当に過ごそう。
「冗談はおいといて、ちょっと幸一と距離をおいて、感じたことなんだけど」
 丹沢の声が少しだけ真剣に聞こえた。無言で次を促す。
「私、やっぱり幸一のこと好きみたい。その私から一つ」
「なかなかに恥ずかしい台詞だな」
 桜の散るこの場所で
「茶化さないの。前から思っていたんだけど、幸一と千島さんって兄弟みたい
よ。顔立ちも性格も似ているし、足りない部分はお互いが補っている」
 俺と千島が似ている、という話はこれが初めてではない。学校の教師など、
初対面では本気で決め付けにかかった奴もいた。素直に比較だけすると身長は
千島のほうが少し高い。顔立ちに関してはなんと言っても男と女である。千島
の卒なく整ったかわいらしさのある美男子に比べれば、俺なんて単なる三枚目
だろう。性格から攻めると少なくとも千島の強さは持っていないし、かわいげ
とも無縁だ。上っ面でも目立ち、笑いを提供する俺と、笑いとは無縁にクラス
の底で皆を束ねる千島。独走しかできない俺と、人の心を掴む千島。足りない
部分はお互いが補っているという言葉にも間違いはない。
「実は親戚だったりしてな」
 俺の母親は結婚する以前に俺を産んでいた。だから千島の父親が俺の母親を
孕ませたという可能性も否定はできないだろう。まずありえないが。
「だからね。新島さんもいいけど、千島さんと付き合うのなら私も納得するん
だけど、そんなつもりはないの」
 結局それが言いたかったのか、と突っ込みたくなる。
「千島はそういう柄じゃないだろう。それに別に新島と付き合ってるわけじゃ
ない。何度も言うが好きになることなんてないだろうな」
 誰かを好きになることなんてない。本気でそう思っている。それに関しては
丹沢も新島も同じ土俵だ。
 いつの日か、俺は誰かを好きになることができるのだろうか。そのとき、俺
はそれを守ることができるのだろうか。
「そうなの。それじゃ再エントリーさせてもらうよ、私も」
 右手に温かいものが触れる。
 その温かさを返し、未来へと誓う。守りきって見せる。逃げない。
 丹沢に手を取られて門をくぐった。
「そろそろ手を離せ」
 職員室前を過ぎ、階段を上り、廊下の真ん中。さすがに恥ずかしい。
「何言ってんの。付き合ってないんだから別に恥ずかしくともなんともないで
しょ」
 実に反論のできない攻めだった。さすが丹沢、俺をやり込めるすべは誰より
もわかっている。
「おはよう、橘、丹沢。朝から仲がいいのはなによりだが」
 教室に入った瞬間、声がかかる。千島だ。しかも俺を睨んでいる。
「橘、お前は二股をかけているのか。この変態が」
 教室が俺を向く。
「いや、そんな誤解振りまかないでください」
 千島の目が笑顔の丹沢と、気合の入った無表情を決め込む新島の間を往復す
る。
「まあいい。発表の用意は私がしておく。二人とも羽を伸ばしてこい」
 やたらと用意のいい言葉だ。絶対何か仕組んでいるのだろう。
「ところで新島、橘と丹沢と一緒に回ってくるか」
 千島の近くに控える新島が上目遣いにこちらを見る。その目と丹沢の目が交
錯する。
 絶妙な笑みだった。
 丹沢が全てを放り出して逃げたくなるような笑顔を作る。
「いいの、千島さん。私新島さんと二人で回る約束してるから、ね」
 有無を言わせぬ笑みと机についた拳が俺を震え上がらせる。二大怪獣の決闘
が目の前で展開されようとする。正直チビりそうだ。それでも無表情を貫く新
島の腕をつかみ、立ち上がらせ、肩を組んでクラスを後にする二人。
「新島と丹沢、どっちが勝つだろうな。千島さん」
 千島がため息一つ。
「私は橘が負けると思うぞ」
 二通目の遺書が必要なようだった。

 模擬店は禁止とはいえ、これには裏がある。学生の出店は禁止であるが、周
囲の団体の出店は可能なのだ。ということで校内は朝市状態。あちこちから呼
びかけが聞こえ、飛び入りの生徒が売り込みをする。
「で、三年目もお前と一緒か」
 ため息すら出ない。三年目、三回目、最後の学校祭も回る相手は吉岡修身。
丹沢に新島と回って修羅場を迎えるよりはありがたいが、なんとなく空しい。
「今年も一緒だね」
 元気な声に突っ込みを入れる気力すらない。
「結局は一人最高、なんだよな」
 そんな独り言が漏れてしまう。
「だって愕怨祭だぜ。今日こそは二人で一人を楽しむ日、だろ」
 ちなみにこの学校では学校祭と言うのだ。
 二人して校内を回る。遠くで千島が背広を着た年配の男性数人を引き連れて
いる。校長に、理事長に、他の人物は顔すら知らない。心臓に悪いのでもと来
た道を引き返す。
 近くの商店が格安も泣いて許しを請うような値段で商品をばら撒き、近所の
住人がたかる。学校内は飲酒禁止ではあるが、敷地内外に広がる桜並木は格好
の花見箇所。柵の向こうで酔っ払いが頑張っているのを見ると動物園に来たよ
うな感覚にとらわれる。新井に松岡の姿も見えた。
「吉岡、俺たちも何かしようぜ」
 三年目、最後の学校祭だ。舞台発表だけではもったいない。
「ああ、どでかいことやろうぜ。校舎の上から水まくとか」
 瞬間的に防火バケツの水を吉岡にぶちまける。
「な、なにすんだ橘」
 つかみかかる吉岡を背負い投げ。こんな奴と一緒にされたくない。
「すまん、激しく手が滑った。とりあえず見て回ろうぜ」
 テントを見て回る。謎の手芸品を展示する近所の集団に野菜を売る農協に。
そのテントの裏に目が行く。
「おい、吉岡。あれ、いいんじゃね。ちょっと着させてもらおうぜ」
 着ぐるみが放置されていた。
「ああ、橘。まずは二人で一緒に全裸だな」
 こいつにまともな言動を期待すること自体が宗教となりつつあるらしいので
とりあえず殴っておく。
「売り込みするんだよ。どこにも負けないほど激しく売り込むぜ」
 全裸はともかく制服の上着を脱ぎ、着ぐるみを着用する。吉岡はホルスタイ
ン。俺は河童。白と緑の微妙な生物のできあがりだ。小さな子供を泣かせたり
笑わせたりしながら教師の目をかいくぐる。店頭に並ぶにんじんにたまねぎを
持って声を張り上げる。お土産に一つおまけなんて基本技だ。
「おい、向こうから美人な二人組みが歩いてくるぜ」
 牛が口をきく。ひづめの指す方向を見る。
「ほんとうだな、うちの学生で美人っぽいな。ついにフラグが来たか」
 仲のよさそうな様が遠くからでも分かる。美人かどうか知らないが、仲良く
笑っているだけでそう見える。短髪とセミロングの髪がふれあうほどに顔をくっ
つけて話をしている。
「よし、何か売りつけてやるか、橘」
 もしやこれが出会いかもしれない。乗った。こんにちは二人の世界さような
ら一人最高同盟。腹に力を入れる。近づいてきた生徒を振り向かせる。
「姉ちゃん、ちょっと立ち止まって見ていけ」
 牛が振りかぶる。左手にはコップいっぱいの牛乳。右手には、展示用の馬蹄。
牛に飛び交う拍手が大きい。何事が起こるのかと人が寄ってくる。
「貴様ら、気合入れて生きてるか。胸張れ、声出せ、熱く求めろ」
 河童に歓声が上がる。左手にトマト。右手にとうもろこし。
「そこ、そこの二人だ特に。胸張ってそれか、ママが悲しむぜ」
 自信満々の笑顔の牛に白い牛乳が光る。先ほど目をつけた美人二人組を人影
から見つけて指さす。
「とくに右の短髪女。それはなんだ。プチトマトか」
 トマトをわしづかみ。人だかりができる。トマトが五月の空に赤く光る。こ
こでポージング。男の名前の雑誌に出てきそうな過剰スマイルで歯が光る。
「見てくれ、俺の馬蹄が」
 牛がケツを突き出す。
「俺のとうもろこしが」
 一直線に構える。目標ケツ。ど真ん中。速度30、12時の方向。
「行くぜアドン」
「来いサムソン」
 差し込んだ。ど真ん中にとうもろこしが刺さる。
「あっ、新しい世界が、快感が見えるっ」
「きもっ、土に返れ」
 牛を殴り倒した。右足で牛の胴体を押さえつけ、観客に向き直る。
「試される大地の巨乳促進飲料、天からの授かり物。牛さんのおっぱいを激し
く求めろ。虚乳体質のお前らは牛乳飲め。俺を喜ばせろ」
 全ては俺の欲望のために。
「そのとうもろこし、まさか売らないでしょうね、幸一」
 目の前の女二人組みの一人がいぶかしむ。吉岡のケツにささったトウモロコ
シを引っこ抜く。
「取れたてのとうもろこしだぜ。買っていくか、いや、買っていけ」
 胸を張って差し出す。
「ええ、そうさせてもらうわ」
「兄弟、僕は橘のとうもろこしがぼっ」
 足元の牛がはじけ飛んだ。俺がやったのではない。
 では誰が。目の前を見る。観客の、その中心。
 鬼の形相が迫っていた。見まがうことのない、二年間俺につきまとった人間
の形をした災厄。
「た、丹沢」
「幸一、吉岡、あんたたちよくも言いたい放題」
 意識もしないはずの笑い声が口から漏れる。
「あはは、ご、誤解、デスよ、ね、丹沢さん」
 笑うしかない。盛大に笑う。見える見える、走馬灯が三周と半回転する。そ
して四回転目を達成しようとする瞬間
「アドンとサムソンは男のロマンだから」
 丹沢の隣のセミロングが口を開く。
 新島だった。無表情が赤く染まっていた。
「に、新島。なんで丹沢と」
 あの仲良く見えたのがこの組み合わせとは、正直信じがたい。
「もっといってやりなさい、亜紀。相手はケダモノよ」
 丹沢が新島の頭をなでる。あり得ない光景だ。あれほどまでに嫌いだと公言
していた丹沢が新島をなで、新島が頬を染める。
「今日初めて丹沢さんと話した。楽しかった」
 たどたどしく。そんな言葉が漏れる。俺の一番聞きたかった言葉が。手に持
っていたトマトを落として。それを新島が拾い上げる。
 心が温まる。
「橘くんは大きいのが好きだっていっていた。でも小さいのも好きで、飾りを
求めるのが男のロマンで、次元を超えた愛があって、二次元にストーカー行為
をして」
 修羅場だった。爆弾発言が半径十メートルを灰燼に帰す。世界一静かな大量
破壊兵器だ。下を向いたままたどたどしく。
「た、丹沢。お前何意味わからんことを教え込んで」
「あら本当じゃない。あんたの買ったエロ本を全部五十音順、シチュエーショ
ン順にそろえてあげたの、私なんだから。言ってあげようか、タイトル込みで。
第一部、巨乳のお姉さん。第二部、貧乳のロリ顔、第三部、制服拘束、第四部
以降は二次元で」
 土下座する。頼む。頼むからそれ以上ばらさないでください。徹底的に去勢
された気分だ。一生外を歩けない。
「新島、丹沢、そろそろ時間、ん、その惨めな背中を見せる河童は、橘か……
足元の牛は吉岡、だろうな」
 千島が現れた。最悪のタイミングだった。
「いいところに千島さん。あのね、幸一が巨乳好きでちょっとSでロリコンのき
らいがあって、制服フェチでその上現実逃避に走って二次元にしか興味のない
へたれ男で傲慢にもエロ本を四十冊も溜め込んでいたのを私がしっかりと整頓
してあげたときの」
「すんませんもう悪いことは一切しませんどうかおゆるしください」
 土下座する。なりふりなんて構っていられない。そんな俺の背中に冷たい視
線が一、二、三。
「そうか、橘が制服フェチなのは知っていたが、巨乳好きでロリコンな上に人
を麻縄で縛るのが好きなのか。更にそれは全部お前の妄想で展開され、二次元
だけが欲望のはけ口か……悪い、助けてやろうにもどうしようもできない」
 すべてを総括した千島の言葉が投げつけられ、残される河童と牛。もう、着
ぐるみを着ないと表を歩けない。こんな四字熟語が頭に思い浮かぶ。
 人生終了。
 何度目だ、終了したの。リトライ機能の微妙についている人生が恨めしい。
データクリアコマンドはどこにあるんだ。
「そろそろ講堂に来てくれ。本番三十分前だ」
 その言葉に新島と丹沢が歩き出す。俺もこうしてはいられない。牛のことは
放っておき、制服に着替えた。

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