放課後の音楽室。いかにもいかがわしい雑誌のタイトルっぽいのだが、本番 を二日後に控えた音楽室はそんな悠長な冗談に付き合っていられる状況ではな い。演奏組の自主練習がそこかしこで謎の現代音楽を作り出し、演劇組の自主 練習が落研の練習風景を思わせる。昨日の練習中止にもかかわらず、演奏組の レベルは格段と上がり、課題であった正確なリズムも飛躍的な一致を見せてい た。聞いたところによると昨日は演奏組全員で演劇組の練習風景を見ていたら しい。そのおかげであろう。つくづく演奏組に対する千島の動機付け、士気の 向上には感心させられる。 「俺、必要あんのかよ」 「ある、だから見てて」 慰めてくれたようでけなされたような突っ込みは斜め下から入る。少しかす れたような声、新島だ。 「そうだな。昨日休んだおかげでお前の参加も決まったし」 少しだけ昨日のことを思い出してしまう。せめても新島にだけは必要とされ る俺でありたかった。 「橘くんのことはみんなが必要だと思っている。みんながうらやましいって思っ ている」 そうなのだろうか。 「よし、今日は全員そろった。気合入れていくぞ」 新島が参加しての初めての練習でもある。俺を含めて十五人。それを俺に加 えて新井。全員の姿がそろったのが今日、二日前である。 新井が怒鳴りつける。 「また吉岡か。てめえ冗談は顔だけにしろや」 今日の吉岡は踏んだり蹴ったりである。ネタとしては面白いのだが、本気で 組むとなれば考え物の吉岡。多分、高校を卒業してしまえば会うこともないだ ろう。ちなみに松岡は演劇組へ出張。歌の指導という名の拷問を強いているは ずだ。普段は俺がいるから控えてはいるものの松岡の気合とリーダーシップは 半異常だ。小手先と作曲だけの俺、技術に特化した新井、実は裏で糸を引いて いる松岡。これはこれでまとまっているのだから世の中とは不思議なものであ る。 「残れる奴だけでいいから演劇組と合わせに行くか」 中休みの午後五時三十分。呼びかけてみる。 「よし、合わせてみようや」 「そうだね、もう足引っ張っているとは言わせたくないしね」 天晴れなほどのまとまり方だった。さて、乗り込もう。 一瞬で話がまとまり、一度だけ全体練習を行うことで千島との話がまとまる 。朝から俺を空気のように無視する丹沢はそんな提案に一度だけ頷いて舞台へ と向き直った。 丹沢の掛け声で照明を落とし、本番と全く同じ状態の舞台が広がる。千島が 最初の言葉を語り、平和な描写がなされ、開始三分で一気に雰囲気を変える。 爆撃効果音とともに旅行者役の生徒が叫び、敵国軍の上陸が始める。演奏組の 出番はここからだ。正確に二分十五秒、演奏する。新島に合図を送るとスティッ クでクラッシュシンバルあたりを叩き、演奏開始。 島の占拠がほぼ終了し、夜が朝を迎える描写。優しい演奏はオーボエのでき る奴のソロである。ここからは反攻が始まり、勇壮な演奏をするかと思いきや ここも全体でスローテンポな音楽を演奏し続ける。無言のままに敵役を倒し、 味方同士の呼吸が徐々に合ってくることを強調しているのだ。そして、戦闘シー ン二十分の大半は友人以上恋人未満な生徒同士の思いやりにつぎこまれる。丹 沢が頭を捻って創作したらしく、若干恥ずかしさすら感じてしまうありがちな 展開であるが、引き込まれてしまう。 ここまでなら、単なる高校生受けする演劇なのではあるがここから先、舞台 は唖然とする展開になる。村役場への正面からの絶望的な突入を行う三人と、 それにぎりぎり間に合った三人の味方が装備すらほとんど持たず、機動力だけ で村役場へと突入する描写だ。普通なら先ほどまでの戦闘の勢いで威勢良く敵 を倒していくのだが、この舞台では全く違う描写がなされている。味方による 敵国兵士への残酷とすらとれる攻撃、味方三人がたとえようもない恐怖の中、 敵に次々と殺される描写。味方が敵兵士の首を切り落として投げつけ、敵兵士 が味方を銃で徐々に殺していく。敵の見えない恐怖、見えているのに救出する ことのできない葛藤、決め台詞すら言わせない後ろからのスナイプ。教師が殺 された生徒を盾にして敵を殺し、ナイフで腹を切り裂く。何の準備もなく見れ ばショックの大きな光景だ。俺も最初見たときは目を疑った。感傷に浸る暇な く次々と簡単に殺し殺され、最後の一人が役場の放送室を目指す。海洋から村 役場への砲撃が激しさを増し、敵兵士が生き残っていた嶋野住人を次々と殺害 して投降を呼びかける。それでも一人生き残った生徒がラジオで呼びかける。 果敢なる誇りを。 そして通常ならばここで国旗を掲揚し、国歌へと入るはずなのだが今回は違 う。最後の最後まで落ち着かせてはくれない。 掲揚するのは学校の校旗。千島の台詞と共に、舞台を一旦締めるのだ。間髪 入れずに俺のバンドの曲を生演奏、全員で歌う。演奏は俺たちメンバーと新島 だ。これまでにない「果敢なる誇り」が仕上がった。 過激な描写もあるため、学校には戦闘シーンの大幅な変更と残酷描写あり、 とだけはつたえているが、国旗と国歌の未使用については知らせていない。最 もアピールされるべき政治性と愛国心の象徴を変更するのだ。下手をすると中 止に追い込まれかねない。当初、この変更にはクラス内ですら強い反対の声が 上がっていた。あの千島に対して厳しい批判が相次いだ。 千島はそういった批判に真っ向から答えた。 「私はわずか三十分で島民のほぼ全員が殺害された戦闘を幾度となく聞かされ た。味方は簡単に死ぬし、敵は簡単に死なない。それが現実だ。だが、この舞 台では心理描写を大きく取り上げたい。極力戦闘シーンを排除したのはそうい う理由だ」 残虐とすら取れる戦闘シーンについては 「非力な彼らが圧倒的な力を持つ敵に勝つ方法はあれくらいしかない。ナイフ を持っているなら背後から首と肩の間に差し込むのが一番力も少なくて済む。 それに人の身体はある程度の盾にもなるし、残酷な殺し方は相手に恐怖を与え る。戦争において一方的な正義なんてものはないし、私たちだけが潔白なので もない。私たちは常に自分たちの残酷さを見ることで正常と正義を鑑みなけれ ばいけない。だから、あの戦闘シーンは正確に再現した」 誰もが反論もできなければ賛成もできなかった。あまりにも人間的な理由か らかけ離れ、戦闘にのみ特化した発言だったからだ。優秀な兵器が口をきけば、 千島と同じことを言ったに違いない。多分千島が先んじてリーダーシップをと ろうとしないのは、自分の異質さを直感的に分かっているからかもしれない。 だが、最後まで根強い反対意見が出たのは国旗、国家の不使用だった。 「彼らが実際に掲げたものは国旗ではない。校旗だ。それにあの宣言の後、最 後に流した曲は国歌ではない。当時流行していた曲だ。これは調べれば誰でも わかるだろう。以上の事実に付け加え、校則第三条二項に「生徒の政治活動は これを禁ずる」とある。政治性をなくすためにもこの変更は必要だ」 愚直な言葉はクラスを一気に動かしたが、そんなものは建前に過ぎない。そ もそも千島自身、計算しつくして正論を毅然とぶつけにきたのだ。千島という 人間はこと人心の掌握という点において絶大な力を発揮する。その潔癖な態度 と言葉の裏にある強い意志には誰も気づかないのだが。 俺は知っている。この演劇は失われたものに目を瞑るこの国への千島からの 挑戦であり、千島が取り戻そうとするものへの誕生詩であると。 |
||
←5月13、14日(第41話)へ 5月15日(第43話)へ→