昇った太陽が気持ちいい。なんでもない、昨日までの朝と同じように見える 日差し。もう違うのに。 多分、丹沢を拒否することはこの日差しを拒否するのと大して違わない。土 手沿いに並んで咲く桜の花も、ぬるんだ水にはねる魚も、鉄橋から響く電車の 音も、ずっと高みの飛行機雲も、みんななかったことにして惰性のままに生き ていくこと。それでも丹沢を傷つけ続けるよりはまだいい、そう思う。言って しまおうか。 明日から別々に登校しよう、って。 固まらぬ意志のまま、隣を見る。 昨日のクラス会の発言など無かったかのように元気にふるまう丹沢がいた。 その横顔には何の変化も見られない。 この二年とちょっと、とても楽しかった。おざなりな言い方をすれば、それ が人と触れ合うことの大切さなんだって思った。 だが、俺はいつも自分の視点しか持っていない。丹沢が俺と一緒にいてどん な気分なのか、考えたことすらなかった。丹沢の思いには今まで思いを馳せた ことがなかった。ただ当然のように隣にいるやつだと思っていた。どこまでも 能天気に笑って、忘れっぽくて、笑い顔だけが印象的な、そんな人だと思って いた。修学旅行の夜も、自分の気持ち以外に思いを馳せたことはなかった。丹 沢がなぜあんなことを言い出したのかなんて考えもしなかった。 俺は、自分の痛みだけを抱えて、周りに八つ当たりをするだけだった。 だから、切り出す言葉は簡単だった。 「丹沢、悪かった。昨日」 昨日だけではない、ずっとこれまでのこと。そう続けようとする。 「謝らないでちょうだい。私だって謝るつもりなんてないし」 冗談めかしたその言葉に強い力が宿る。 「だってさ、私は本気で新島さんが嫌いだから」 「丹沢、それはどうでもいい。俺の謝りたい」 口に小さな掌が押し当てられる。 「それより聞いてよ、昨日弟泣かしちゃってね。どうやったか分かる? テレビ 取ろうとしたから簀巻きにして顔に濡れタオルかけてあげたらさ」 多分丹沢はわかっているのだ。俺の言いたいことを全部。俺が謝って何を言 おうとしているのか。だからまったく関係ない話題を紡ぐ。 「やってあげようか、今度」 「ああ、そうだな」 反射神経だけで答えていた。 「ね、幸一。聞いてなかったでしょ」 まったくそのとおりだ。最後の最後まで俺は丹沢のことを理解してやろうと していない。 「悪い。ちょっと聞いてなかった。つくづくだめだな、俺」 いかにも面白そうに丹沢が笑い、そして駆け出す。 どこまでもありふれた日常だった。ずっと浸っていたい太陽の中、一枚の絵 のような風景。 丹沢の話は別として日常は嫌でも回ってくる。頭の痛い懸案事項を抱えたま まなのだ。だから教室に入り、真っ先に用意していたものを取り出す。全パー トの楽譜にパーカッションをひっつけたものだ。それを持って新島の元に向かう。 恐れるな、俺。 深呼吸。正確なテンポでステップを刻み、二年とちょっと、姿勢すら変えず に座り続ける新島の机の前。紙の束を置く。 教室の注目が集まり聞き耳が立った気がした。 「新島。それ全部読み込んで音楽室に来い」 新島の黒い瞳が俺と楽譜を行き来する。本気で逃げ出したい気分を押さえつ ける。千島の言葉を思い出す。 「いいか、必ずだ。絶対に来い。断るなら首輪つけていくぞ」 言い捨てた。弾切れだった。返事をする暇すら与えず机から去る。いわゆる 勝ち逃げだと思う。大丈夫。新島は来る。必ず来る。襟首つかんでも連れて行 く。これは宣戦布告だ。そして戦うからには勝ってやる。 そこまで言った手前、新島から一切目を離せずにいた。 午前中。授業中ずっと起きて新島のケツだけを眺めていた。端から見れば完 全な横恋慕か変態である。 昼食。それでも新島の口の動きを眺めていた。なかなかの勢いでどこからと もなく取り出したパンを放り込み続ける。一、二、三、四。そして五個目のあ んパンを放り込み、一気に飲み物に手をつける。食べ方が千島に少し似ている 気がした。 午後。結局新島が動きを見せたのは食事中のみ。あれだけの勢いで食べたパ ンがどこに消えたのか気になるが関係ない。延々と目を離さない決意をしてい たくせに、睡魔に勝てずあえなく撃沈。 肩を突っつかれて起きた。顔を上げる。 「来た」 新島だった。 「ああ、すまん、もう放課後か」 ものすごく格好悪かった。あれほどに気合を入れて、当の本人に起こされた。 気合を入れなおす。 「よし、行くぞ。音楽室だ」 新島の顔を見る。相変わらず見て取れぬ表情の中、確かに強いものを見る。 二人で歩き出す。俺のすぐ後ろを間違いなく引っ付いてくる新島の足音が頼も しく聞こえた。 |
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