「で、幸一は結局巨乳派、それとも貧乳派のどっち」 丹沢の入れたお茶を囲んで恐怖の座談会が始まる。 本日何度も思い浮かんだ四文字熟語が空に見える。 人生終了。 リセットボタンは見つからない。 「なんでそんなこと聞くんだよ」 せめてもの抵抗だった。 「だってさ。幸一って即物的じゃない。千島さんとか大きいのがよさそうに見 えて私は小さいし」 なぜにそこで自己紹介が入るのだ。 「っていうか無いからな、お前」 その瞬間、俺の鼻と丹沢の拳が運命的な出会いを果たす。 「余計なお世話よ。貧乳で無乳ですよ私は。それでなによ、どっちが好きなの。 今日こそ聞かせてもらおうじゃないの。幸一が巨乳派か貧乳派か」 ふっ、その言葉、待っていたぜ。立ち上がる。乳について語るとき、漢は万 難をなかったことにして立ち向かう。それが漢という生き物だ。 「ああ、言ってやるよ。いいか、乳なんて飾りだ。そのお前の胸に一応ひっつ いていると思われるそれも、千島さんのメロン級のそれも全部飾りだ。偉い人 にはそれがわからんのです。それは飾りという名のロマンだ。だが男はロマン に生きる。ロマンを求め、ロマンに人生をかける。もちろん、時には寄り道だっ てする。ああするさ。それが夢に生きる俺たちの宿命だからだ。泣き言だって 言いたい。ああ言うさ。それがロマンにすがる生き物の宿命だからだ。そんな ときは人生のパートナーにスク水を着せたいときもあろう、コスプレもさせた かろう。うん分かる俺もさせてみたいしてくださいお願いします。そんなもの まだかわいい方だ。道を踏み外して次元を超えた愛に目覚める奴もいる。例え ば俺だ。いわゆる二次元の世界だな。お前らは二次元への崇高な愛を馬鹿にす るが少し頭を働かせろ。二次元の世界に入るということこれすなわち悲恋の始 まりだ。手の届かぬ身分も次元も違う相手をただ、相手にすら気づかれずにお 慕い申し上げます。これ以上慎ましやかな負け組みの生き方があろうか。他人 にはキモがられ、世間のウジ虫を見るような目にさいなまれ、決して届かぬ脳 内妄想をスクリーンの向こうに展開させるんだ。そこのDVDの山、断じてエロゲ などではない。ロマンの結晶の入った、あの子とコンタクトを取ることのでき る神秘の円盤だ。現実が俺に夢を与えたか? 現実が俺に理想を与えたか? 答え はノーだ。俺は理想を夢の中に見出し、夢の中にロマンを見る。そのDVDの山は 俺の全てだ。ドジっ子もメガネっ子も血のつながらない妹もおせっかいな姉も 毎朝起こしにきてくれる幼馴染も少し電波の入った転校生もダウナーな同級生 も完璧な上級生も運動の出来る元気なあの子も実は幽霊でしたって子も実はメ イドロボも人妻も、みんなその中に入っている。それからボクっ子。これも外 せないね。わかったらそこに直れ、そして言ってみろ。貧乳の不束者ですがよ ろしくお願いします、と。言うんだ貧乳」 言い切った。 完璧だった。全米が涙した。 「ご主人様、ふつつかものですが、よろしくお願いします」 丹沢が三つ指をつく。待っていたぞその言葉。 「ふっ、かかって来い不束者」 今、俺は最強だと思う。 「殺るわよ」 足裏が宙を舞う。昨日から見続けたお花畑に再びバック。 「とりあえず幸一のコレクションは滅菌消毒ね。幸一は太陽熱で消毒してあげ る」 ああ、俺のコレクション、そして俺、さようなら…… 二度目のお茶。丹沢と過ごすけだるい時間。ふと、そんな時間がずっと昔、 俺にも流れていたことを思い出す。やさしい時間で、幸せな日々だった。両親 がいて、そして大切な人がいた。 「幸一、あの、一応だけど、流し台、きれいにしておいたよ」 アホな両親だった。魚の餌にされたか、森の肥料になったか。環境にやさし く地に還るとはわが身内ながら褒めておいてやろう。 「紅茶茶碗、きれいだったのに後一つになっちゃったね」 両親もアホだったが、それに輪をかけてアホな同居人もいた。あくびをする ときは手で口を押さえて恥ずかしそうにうつむくのが癖だった。この部屋は彼 女のいた場所だった。 追憶へと突入しかけた脳を現実へと引き戻す。 彼女の代わりに丹沢がいた。大あくびも、くしゃみも、何も隠さない丹沢が いた。そのくせ人一倍気を遣う、恥ずかしがり屋で気の弱い丹沢がいた。 いくら乱暴に家を片づけようとも、この部屋には絶対手をつけない丹沢がい た。ぎりぎりの関係、ぎりぎりのつながり、そして絶対に埋まらない溝。かい がいしく掃除し、お茶を入れる丹沢の姿が耐えようのない衝動を引き起こしそ うになる。その衝動が、破壊なのか、甘えてみたいものなのか、わからない。 このままではダメだと思う。真剣にそう思う。甘えて、傷つけ続けるならば、 せめても自傷行為に走ればいいのだ。俺が丹沢に何を感じようとも行き着く結 論は一つだ。だから 「丹沢、もう帰れ。遅いだろ」 なんとかそう言う。それ以上この家の中に存在して欲しくなかった。 「今日は……しなくても大丈夫なんだ」 さらりと言ってのける丹沢に心を締め付けられる。 「ああ、とっとと出て行ってくれ。邪魔だ」 なのに口から出る言葉はそれ。 「うん、我慢できるならそのほうがいいかな。それじゃまた明日」 どこまでの俺に気遣いを見せ、決して踏み込もうとしない丹沢に感謝する。 顔を合わせていると丹沢を限りなく傷つけてしまいそうだった。背中を見せ、 後ろで扉が閉まるのを確認する。部屋にほんの少し残る丹沢のにおいに少した め息が漏れた。 また紅茶茶碗を割れば、丹沢は来てくれるだろうか。 来て欲しい、そう思った。 |
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