誕生詩 -学校祭-

第25話 5月8日(土)

 学校に到着するなり、あちこちから流れる謎の台詞を聞く。千島が既に台本
を配ったのだろう。演劇組が自主的に個人練習をしているようだ。聞いている
だけで根性の入りそうな雄雄しい台詞が飛び交う。
「先生、合図をくれ」
 右で吠える。突撃の瞬間の台詞だ。台詞を聞き続ける。
 「立てろ、立てるんだ」「装填完了です」「まずはボタンを外して」「レバ
ーも握れ」「はじめて触ったけど、こんなに黒くて太い……」「腰を引け、そ
う、そこ」「さ、三人はきついだろ……」「一気に刺してしばらく放置だ」「あ
んたのバッグは私が守っている、心配するな」「我慢できねえよ」「外でして
くれ」
 エロく聞こえるのは俺が煩悩の集積回路だからか。タイミングよく吉岡が教
室に現れる。
「Too Hardって感じだな、橘」
 隣から聞こえてきた雑音に回し蹴りを入れてしまう。朝からアホな奴を一人
葬り去ることができた。一日一善。再び台詞に耳を傾ける。
「ちなみに幸一も同罪なんだけどね」
 隣の丹沢に全力で笑いかけておく。
「ちくしょう。今日も丹沢は最高だぜ」
 よし、これで死亡フラグ回避。さすが俺。
 教室の端で構える人影が見える。
「われわれは果敢なる誇りをもって全国民に告げる。立ち上がれ。応えよ、こ
の島からの呼びかけに」
 ざわめきの中を千島の声が駆け巡る。呼びかけられれば誰だって武器を持っ
て職員室に乱闘できそうな気分だったが、「武器を取れ」とは言わない。昨日
決めたアレンジの一環だ。この演劇、大幅なアレンジが加えられているのだが
一番目を引くのはその戦闘シーン。ほとんどの戦闘シーンについてはカットさ
れているものの、唯一残された村役場への突入シーンは凄惨を極めた描写になっ
ている。
 敵の右手に埋め込まれた電子識別標章を右腕ごと切り取って敵味方判別装置
を欺くなんてかわいいほうだ。役場の二階から切り取った敵の首を投げつけ、
殺した敵兵を盾に自動小銃を撃つなんてものもある。更には死んだ味方の身体
を貫通させて機関銃を撃つ、というものに至っては人間の根本的な理性に反し
ている。味方も死ぬ。あっけなく殺される。
 意外なことに、この描写については丹沢も千島も意気投合した。丹沢に言わ
せると、戦争というものは残酷なものであり、千島に言わせると、味方を守り
生き残るとはそんなものだ、となる。俺にはわからない。
 ちなみに実践を積んだ兵士ですら目を背けたくなるような演出は千島が指導
担当するらしい。さすが将来のプロだ。

 さて、演奏組である。演劇組と違い、突如教室で練習しても迷惑なだけなの
で練習は放課後に持ち越される。現在時刻は四時十五分、場所は音楽室。主旋
律その他はそれぞれ松岡と新井に任せ、俺はベースを指導する。パーカッショ
ンパート担当の新島が首を縦に振らない現状ではベースにテンポを任せるしか
ない。中心となるパートについてはしっかりと指導しておきたかった。
 最初から俺が基部を演奏する、というのも一つの手なのだが、それでは演奏
組の意味がない。全員でやり遂げない舞台発表など単なる独りよがりだ。去年、
演奏そのものは成功したが、聞くに堪えなかったと俺は思っている。
「よし、だいたいい大丈夫だ。ちょっと休んだら全体練習な」
 演劇組と合わせる前の調節だ。休憩を呼びかける。生徒が散り、松岡と新井
が寄ってくる。
「休憩か。それじゃエクストリーム・パン食い競争しようぜ」
 練習中に眠りこけていた吉岡が叫ぶ。
「なんでエクストリームなんだ」
 八割の義務と二割の好奇心で聞いてみる。
「まずは見てくれよ、吉岡。あ、松岡さんと新井さんもやってみないか」
 吉岡の危ないペースにころっとだまされる新井に吉岡。三つの紙袋が机に並
ぶ。
「それ、単なるパンじゃねえのかよ」
 義務感が九割にまで上がる。喜色満面の吉岡が痛々しい。
「エクストリーム・パン食い競争は目の前のパンをいかに食べ終わるかが得点
となる。今回は俺が用意したこのパンね」
 吉岡が三つの紙袋をさす。
「大丈夫、全部あんぱんだ」
 激しく不安になる大丈夫だった。
「食べるパンの種類には最初から持ち点があるんだ。この袋は100点、これが1
50点、で、これが200点。で、食い終わった速度をポイントとする。食べ終わっ
た順に200点、100点、50点を持ち点に加算するんだ。簡単だろ。同点の場合は
もともとの持ち点を優先な」
 誰も聞いちゃいない。だが、そのルールを考えると当然、至極全うなあんぱ
んではないのだろう。やはり最高得点のあんぱんは何らかの仕掛けがなされて
いると考えるのが妥当か。新井と松岡が興味津々なので乗ることにした。
 やめときゃよかったのに。
「松岡、まず選べよ」
 松岡なら間違いなく最高得点を選ぶ。確信があった。
「じゃ、迷う暇なく200点のあんぱんを頂くわ」
 予想通りだ。松岡といえばゲテモノ趣味だ。いやむしろ松岡がゲテモノか。
「次、新井が先に選んで。橘くんは今言葉をいえない状態にあるから」
 後頭部に松岡の鞄が刺さり、台詞を横取りされる。自業自得の見本である。
「当然150点だな。お前には大差つけて勝つぜ」
 新井の場合、100点を選んだ人間の歩の悪さを理解しているかどうか怪しいの
だが。そうすると俺が100点か。最速で食べ終わっても敗北する可能性がある。
新井には頑張ってもらわないといけない。
「じゃ、はじめるか。審判は吉岡、任せたぞ」
 袋を開き、三人で中身を覗く。外観は全く一緒。悪寒が走る。
 そう、通常に考えれば100点のパンは割にあわない。一番に食べ終わってもま
ず、一位にはならない。だが、それはあくまでも「完食できたら」という前提
条件の存在するときのみ。ということは100点以外のパンは食べ終われない可能
性もある。そう、例えばわさびを入れた、とか。
 もう一度あんパンと主張するものを眺める。
 茶色く盛り上がる物体。そいつは不敵に鎮座する。やけにつやのいい背中を
にらみつける。騙されるな。クールになれ以下略。
 この威圧感。この圧倒。
 考えていても始まらない。
 自主、自律、自由。突然校風に掲げられたその文字が思い浮かぶ。
 自主的にフルスイングを決め、パンが自律的に口の中へ飛び込む。
 そして俺は自由になった。
 ……ぽり。
 ぽり?
 パンとは思えぬ歯ごたえだ。口からパンを引っ張り出す。茶色いパンの皮の
下、白いパン生地。その更に下。
 黄色かった。
 見まがうことのないそれ。和食の友。
「……たく……あん……パン」
 たくあんである。
 一飲みにして吉岡を机ごと殴り倒す。
「んなもん用意するなこのどアホが」
 最低点でこれだ。起こりえる惨劇に身構える。そして、それは両端で犠牲者
を生み出した。
 左を見た。新井だ。
「……どり……あん……パン」
 ドリアンである。
 壮絶な芳香を空気に残す。さすが150点、絶妙だ。限界をついている。新井
が人間をやめ、吉岡を幽体離脱させる。アーメン。
 右を見た。松岡だ。
「……だるめし……あん……パン」
 ダルメシアンである。
 口からは白と黒の毛が覗く。目か事実か、どちらかを疑いたくなる。さすが
200点、既に人間を超越している。松岡が完璧に女を捨て吉岡に襲いかかる。合
掌。

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