誕生詩 -学校祭-

第20話 5月6日(木)

 
 自宅に戻りパソコンをつける。メールが二十件。寂しい人妻からの十八件は
ゴミ箱へ一直線。残った二つのうち一つはクレジットカードの請求書。印刷に
回し、親族へと転送する。もう一つの宛名は丹沢直幸。丹沢の弟の名前だが、
キーを叩いたのは丹沢風花本人であるのは間違いない。丹沢の弟は非常に良く
できた奴だが、吉岡とはバスケットボール部の先輩後輩関係にあり、謎の尊敬
を吉岡に向けているあたりに一抹の不安を感じる。丹沢からのメールが弟の名
前で来るのはパソコンを共有しているのか、またはメールソフトの設定を弟に
丸投げしたのか知らないが、丹沢風花の名前でメールを出されるとウイルスチェ
ックでもしてみたくなるのは伏せておこう。とりあえず内容を見る。添付ファ
イルが一つ、サイズは71kb。そして
 タイトルは「果敢なる誇り」だった。
 それは誰でも知っている言葉の一部。声に出してみる。
「われわれは果敢なる誇りをもって全国民に告げる。武器を取れ、立ち上がれ
。応えよ、この島からの呼びかけに」
 独り言をつぶやき、目を閉じる。
 約五十年前、現在まで長引く戦争の発端となる奇襲にさらされた北の島で偶
然生き残った高校生と教師と旅行者計六人の物語だ。島の大半が突如敵に占拠
され、多くの住民が殺害された。そんな中、彼らわずか六名が反攻に転じ、占
拠されていた村役場を奪還し、ラジオで呼びかけた言葉が一般的には「果敢な
る誇り」と一部を取って語り継がれている。彼らのラジオ放送が敵国からの宣
戦布告であり、侵略の第一報であり、百年かかってもまとまらなかった国民を
団結させ、あらゆる法律を改正に導いた原動力である。教科書にすら出てくる
のだ。わずかな人数で敵軍を退けた彼らの逸話はこの国の正義を宣伝するもの
として数多くの脚本、ドラマとなっている。戦争が泥沼化した今だからこそ、
この逸話はつい昨日のように語られ、当然演劇でも好まれる題材だ。だが。
 強烈な違和感にとらわれる。丹沢はこの手の話を毛嫌いしている。丹沢は個
人的にはえげつないコンバットを展開するが、主張は一貫して戦争反対、みん
な仲良しが大前提である。戦争を肯定するような演劇など選ぶはずがない。
 丹沢の顔を思い浮かべる。笑顔と怒りの顔が交互に浮かぶ。感情の豊かな丹
沢が「果敢なる誇り」と聞いた瞬間に浮かべるであろう顔も、その後続くはず
の説教の文言も全て分かる。
 ならばこの演劇は丹沢の意志ではなく、総括の千島の意志であろうか。
 クラス会後、丹沢と交わした言葉がよみがえる。演劇の内容は千島と相談し
て決める、と言っていた。だが、千島の意志がどれほど強固で、丹沢が千島に
心酔しているとしても、丹沢が「果敢なる誇り」を了承するとは考えにくい。
とりあえずファイルの情報を確認する。最終保存日が十二分前。ついさっきま
で編集作業を行っていたようだ。
 ……読む。
 随分と軽くなっているような気がした。どの部分が削られているのかまでは
分からないが、少なくとも戦闘シーンはほとんど削除されているように感じる。
そしてファイルは演劇の中盤あたりで途切れ、代わりに丹沢のメッセージが書
き込まれている。

 千島さんと編集しています。ラストは生まれゆくものへの誕生詩となりえる
ようにするって千島さんが言っていました。なんとなくだけど、この演劇、と
てもうまくいきそうです。演奏も力入れて頑張れ。
 追伸。各シーンについて大まかな時間配分を書き入れています。ふさわしい
音楽を明日学校で聞かせてください。

「これ追伸と本文、逆だろ」
 一人で突っ込みを入れる。
 生まれゆくものへの誕生詩。何て読むのだろう。たんじょうし、だろうか。
いまいち意味が分からない。何が生まれ、何を祝福するつもりだろうか……や
めた。考え出すときりがない。俺の領分は演奏であって演劇ではない。音楽の
選定に移ろう。
 手持ちの音楽ファイルをあさり、延々とシーンに合う音楽を選ぶ。時間は十
一時。まだまだ眠ることはできないらしい。
 ペンを置き、コーヒーを入れに一階へと向かう。電気ポットからお湯を注ぎ
、広すぎる家の中を見渡す。
 かつてこの家にも人がいたことを思い出す。そのときは俺の部屋は一階で、
そして二階はこの家と全く関係ない奴の部屋だった。
 許せないものを感じて壁を殴る。
 拳の痛みの中に一瞬丹沢が浮かび、消える。丹沢の明るさはこの家には似合
わない。淹れたコーヒーをコップごと流し場に投げ捨てる。
 どれほど高級な紅茶茶碗であろうとも安っぽい音で割れるものだ。
 どれほど価値のある幸せでも崩壊するときは同じように崩れていくのに似て
いる。破片を流し場に確認し、二階へと戻った。丹沢をこの上なく傷つけたい
衝動に駆られる。
 どうせ丹沢が勝手に掃除するのだ。この家の紅茶茶碗が全部なくなっても丹
沢は笑い続け、そして新しい紅茶茶碗をこの家に持ってくるのだろう。
 俺が割るために。
 丹沢が掃除をするために。
 俺が丹沢を傷つけて何とか生きていくために。

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