誕生詩 -学校祭-

第17話 5月6日(木)

 
 放課後、突然クラス会が発生した。と思っていたが丹沢の突っ込みによると
クラス会の予定なんて一週間前には決まっているらしい。三年間通いつめて初
めて知った新事実。
「この世はワンダフルだな」
 ぼやく。
「幸一がワンダフルよ」
 バールのような物が頭皮を掠める。
 丹沢の突っ込みに返す言葉もなく前を向いた。奇怪なものが目に飛び込んで
きた。

 学校祭の展示について(舞台発表)

 それはいい。この時期なのだから遅いぐらいだ。問題は現在上がっている展
示案である。
「人間オセロ、パン食い競争リローデット、アルティメットフォークダンス、
リアル恋愛シミュレーション、エクストリーム・人体切断ショー、ってなんだ
おい」
 丹沢に突っ込みを入れるが微妙に視線をそらす。俺だって視線をそらしたい
。教卓前で半泣きの委員長がチョークを持って騒ぎを収められずにおろおろ立
ち回る。ノリだけで決められた今年の委員長にはやる気もなければ牽引力もな
い。学校祭寸前にも関わらず展示案が決まらないのも頷ける。
「委員長もあれだけど、この時期になると人生を投げ出したくなるのよ、みん
な」
 一番乗りに乗って委員長を押し付けた奴が偉そうに講評を開始し、冷静に世
を儚む。丹沢に哀れみを向けられるとはこの世も終焉に近いのかもしれない。
今のうちに身辺を整理しておこう。人生を諦めたような笑みを浮かべ、委員長
が黒板にチョークをこすりつける。
「あ、あの質問です。リアル恋愛シミュレーションって現実なんですか、仮想
なんですか」
 クラスの右隅で手があがり、絶対無意味な質問が上がる。書きかけのチョー
クがそこで止まり、再び半泣きの顔を向ける委員長。委員長が泣かされる寸前
なら教室は暴動寸前だ。
「リアルにシミュレーションをするんだよ。ばか」
 その野次でクラスの半分が椅子からずり落ち、半分が椅子を振りかぶる。
「ってことはシミュレーションをする相手は選べるんですねっ」
 椅子が飛ぶ。机で応戦する。無政府状態が過熱する。リアル北斗の拳が目の
前で起こる。経済価値は筋肉で決まり、強さが富の象徴になる。委員長が前で
さめざめと泣き、お花畑へ亡命する。血に飢えた修羅がそれを追いつめる。
「パン食い競争リローデットもいいぜ」
 やられ役雑魚の吉岡がファイティングポーズを取る。俺が相手する。
「だまれ犬。後でエサやるからひっこめ」
 雑魚の相手も楽じゃない。
「邪魔するんじゃねえ、覚えてろよ」
 うわ、超頭悪そうな台詞。
「やられ役に必殺技の名前など叫ぶ時間はないっ」
 決めぜりふが教室を無駄に滑る。その瞬間。背後に殺気を感じた。無慈悲な
冷気が放射される。丹沢だ。悪魔だ。
「変態二名は反省文書いて死になさい。羞恥プレイさせるわよ」
 変態だ。ざわめきが波紋のように広がった。そのとき、教室の右隅に手が上
がり、教室の温度が一気に下がる。
「まじめに論じろ。委員長、司会を私と交代しろ」
 千島だった。クラスの会で千島が発言するのは非常に珍しい。対外交渉はと
もかく、クラス内では一切意見を言わず、君臨せずとも統治せずを貫いてきた
千島だ。かつてない注目が集まる。ざわめきが嘘のように引く。世紀末の覇者
にふさわしく立ち上がる。無敵無敗の拳王様が髪を翻す。その場で立ち上がり、
教室を見渡す目線に誰もが顔をあわせようとしない。闘気だけで吉岡の一匹く
らいなら殺せそうだ。完全な沈黙の中、机を軽く叩く。憐れ、机。砕けなかっ
たのは最後の理性のおかげだろう。
「創造的な意見は結構だが、私は演劇か演奏が妥当だと感じる。どうだ、何か
意見はあるか」
 全ての案を一蹴。悪夢のような静寂が十秒。超妥当でまっとうな意見が迷走
しきった三十分を吹っ飛ばす。
「異議はないな。委員長、さっさと黒板に筆記しろ。では演劇と演奏、どちら
がいい」
 拳王様が委員長をしかりつける。演劇、演奏。黒板に文字が加わる。
 今度は手が上がった。
「劇はあれだろ。みんな練習しんどいし」
 千島が委員長を指差し、意見を黒板に書かせる。
「でも私ハムレットやりたいなあ」
「千島さん豚がハムれぼっ」
 秘孔を突かれたのだろう。瞬きすらできなかった。秘孔が突かれ、肉が叩き
つけられる音を皆哀れな表情で無視する。誰もが強く思う。無駄な発言は二度
としまい、と。物言わぬ肉塊を作り、制裁から戻ってきた千島が次の生徒を指
名する。
「ま、音楽だろ、今年も」
 指名。
「去年も音楽だったけど、演劇も捨てがたいな」
 思い思いの意見が出される。演劇に演奏、半々といったところだろうか。ほ
らみろ。やっぱり俺か丹沢のどちらかが引っ張らないといけないんだ。
 正確に五分経過、千島が構え、一気に教室が静まる。腕を組んで立っていた
千島に皆の目線が集中する。本人は意識していないだろうが、千島の意見には
誰もが全面的についていこうとする。難しい言葉も、巧みな話術も使わずに人
を魅了し引っ張るのだ。今の司会にしても特別な技術など何も使っていない。
千島の魅力は、どこまでも飾らない気持ちと鉄の意志にあるのだと思う。
「結論の一つとして演劇を提案したい。どうだ、丹沢。明日までに構想を練れ
そうか」
 演劇部副部長・地区大会優勝経験者の丹沢に意見を振る。丹沢が立ち上がり、
何とか言葉を返す。
「ん、三十分そこそこなら一週間ちょいでも可能だけど、でもこの人数で」
 千島が丹沢から目をそらす。可能と判断すれば言い訳など一切言わせない。
「ありがとう、丹沢。だが今回の発表、新しく企画したいことがある。それは
演劇にあわせて演奏を行う、というものだ。橘、なんとかなりそうか」
 演劇にあわせて演奏。つまりバックミュージックを生演奏で、ということだ
ろうか。演劇にあわせるということは五曲程度、人数は半分に割ったとして十
五人。よほど頑張れば不可能でないが。答えを決めかねる。
「橘にとって重荷であるなら結構だが、私は微力ながら助力してやる」
 全員の目が点になった。立ち上がっていた丹沢も、舟をこいでいた吉岡も、
周囲の生徒も全てが俺の方向を向く。例外は新島だけだった。
 千島が俺に助力する、ということ。それはつまり
「一つ質問させてくれ。今回のクラス発表、千島さんが全てを監督し、俺と丹
沢がそれぞれ演奏に演劇を担当するということか」
 言葉に出して実感する。これは通常では考えられないことだ。
「もちろんクラスの代表が私でよいのかどうかはクラスの意志を尊重する。だ
が、大まかにはそう考えてくれて結構だ。お前たち二人が専門的にクラスを引っ
張り、その真ん中に立つ人間が全体を引っ張る、と」
 千島が俺から目をそらし、クラス全員に目を向ける。否が応でも緊張の高ま
りを感ずる。
「ではこのクラスの意志を問う。橘の意見に別の案のあるもの、挙手を願う。
また今回の発表、まとめ役を行いたいものがあれば自薦、他薦を願う」
 三十秒の沈黙。異議は出ない。ストレート勝ちだった。そして千島が力強す
ぎる笑顔を俺に向ける。
「意見なしと認める。クラスの代表は表彰を受ける可能性もあるが、ほんとう
にいいのだな。特に大学推薦のかかっている生徒、これ以降の異議は受け付け
ない。私でいいのか」
 舞台での発表は投票により表彰を受けることがあるのだ。教師、来賓の投票
で三位までに入ったクラスを引っ張った生徒を個人的に表彰する、という制度
だったと思う。ポイントはクラスを表彰するものではなく、生徒を表彰するも
のという点である。自主、自律、自由を掲げるこの学校らしい表彰制度である。
「では丹沢風花、演劇の担当を命じる」
 立ち上がった丹沢が礼をし、拍手に包まれる。
「橘幸一、演奏の担当を命じる」
 俺も立ち上がって礼をする。適当な拍手がちらほら。
「そして私、千島桔梗が総括をおこなう。以降、学校祭の舞台発表に関するこ
とは私が全ての責務を負い、権利を行使できるものとする。私の全てを出し切
ることを誓おう」
 ものすごく格好良かった。
 映画を見ている気分だった。千島が立ち上がってわずか十二分。三十分間迷
走を極めた話が大団円を迎える。俺たちにとって三度目の学校祭が始まる。
「橘、明日までに練習に入れるように準備をしろ。丹沢、明日までに台本と配
役を添えろ。両名は緊密に連絡を取り、最善の行動をとれ。以上、解散だ」
 力強く宣言し、議事録の提出と次回のクラス会の日程を決めていく千島の姿
が見える。
 長髪、長身、鋭い目つき。一片の感情すら見せず、自分だけの世界を築く奴
だと思っていた。ずっと高みを、俺なんて見ることすらかなわぬその上を歩く
人だと思っていた。その姿が三年目で初めて間近に見えた。

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