誕生詩 -学校祭-

第16話 5月6日(木)

 
 二時間目の休み。千島が前に現れる。さすが校内一の長身を誇る女生徒、椅
子から見上げると雲を突き上げるようだ。
 そしてでかい。ありえない。角度によっては顔が見えないほどにでかい。こ
ちらのほうも多分校内一であろう。
「やっぱすげえな吉岡、あれ、どう思うよ」
 巨乳を見上げるアホ二人。
「超高校生級の大きさ、張り、形。何をとっても超一流だな、橘」
 吉岡も乗る。
「俺、人生でこんないいもの見られるなんて思ってなかったな」
 半分くらい筋肉かもしれないけどな。
「でも橘。俺たち将来は千島さんと住む世界すら違うからそろそろ見納めだぜ」
 ため息をつくアホ二人。
「変態二人組、そろそろ現実に戻れ」
 冷徹な目線が上から注がれ、拳が頭上に光る。
「い、いや、今日はいい天気だな千島さん」
「……なかなかの雨だと思うが、更に水をかぶりたいのか、橘」
 遠慮します。
「この間の処分だが、もう心配することはない。と、それだけを伝えに来たの
だが」
 千島が右手でこめかみをほぐし、左手で吉岡の襟首をつかむ。掴まれる前に
立ち上がった俺は勝ち組。
「橘、吉岡、しっかり反省しろ。本気で退学になるところだったぞ」
 てっきり授業を妨害するとは何事だ、とでも言われるのだと思っていた。
「俺が退学になろうと千島さんは関係ないだろ。千島さんには感謝しているけ
どここは俺の居場所じゃない」
 嘘偽りのない俺の気持ちだった。俺はこの学校に居たくているわけではない
。千島が吉岡をつかんだまま俺を睨みつける。
「ま、まて俺は退学は困るかなあって」
 吉岡が身体を半分宙に浮かせて何とか言葉を発する。
「それでもお前は私と一緒に卒業するんだ、絶対にさせてやる。だから」
 そこで言葉が途切れ、吉岡が久しぶりに地面を踏んだ、と思ったが気絶した
らしい。
「そんなこと、冗談でも言うな」
 千島がほんの少し弱く見えた。そしてその弱さの向こう、教室の真ん中にい
る新島が俺を見ていた。
 目の合った瞬間、いつもどおり黒板に向き直る。
「……新島に用事か」
 後も見ずに千島が俺に問う。心臓が凍りそうなほど鋭い目をしていた。それ
よりも
「なんで分かるんだ」
 気配か、神のお告げか、インスピレーションか。
「お前の瞳に新島が映ったからだ。洞察力というと聞こえがいい」
 らしい。俺のような凡人からすれば、洞察力ではなく神通力である。千島に
通常程度の能力を期待するのは吉岡に通常の行動を期待する以上に絶望的なの
で今更驚かない。
「いや、新島に用事というよりは、偶然目があっただけだ」
 ほんとうにそれだけだ。放課後に用事はあるが教室では用事なんてない。
「偶然、か。新島も報われないな。まあいい」
 千島が背中を向け、自席へと戻る。とんでもない尻切れトンボだった。背中
を見送り、もう一度新島に目をやる。完璧なまでに正した姿勢が何者をも拒否
していた。
「ちょっと幸一。吉岡の手がやばい動き方してるんだけど」
 丹沢の声に現実へと引き戻される。見る。右手が何か巨大なものをつかもう
と動いている。怪しい、異常だ。気持ち悪い。一発で思い当たった。
「そっとしておいてやれ、丹沢。彼は今至福の時なんだ」
 哀れな吉岡の肩を叩いてやる。
「……あ、おはよう……橘って、橘か。聞いてくれ。俺ついにやっちゃったよ」
 起きがけ一番元気な奴だ。
「何やっちゃったんだ。さっさと言って眠りにつけ」
 目が血走っている。丹沢が腕組みして汚いものをはねつけるような視線を送
る。
「俺、さっき千島さんに持ち上げられたろ。で、そのとき触ったんだよ」
 ああ、それ以上言うな。
「……あれは、極上のさわり心地だった」
 目を閉じてしんみりするな。
「でもそれって制服のさわり心地じゃないの」
 ナイス突っ込み。丹沢に頭をなでておく。
「ちげーよ。お前のようなツルペタとは違うんだぜ、やわらかくて」
 その瞬間、吉岡の身体が宙を舞った。千島の華麗なる回し蹴りだった。鮮や
かなまでに空を飛び、天井に人型を残す。天井に張り付くこと三秒。ようやく
重力に従う気になった吉岡に血も涙もない二発目が下る。丹沢の爽快なボレー
シュートだった。千島と丹沢の豪快なコラボレーションが生まれることすら間
違いだった変態の息の根を止める。壁に人型を残し、教室に断末魔が響いた。
 誰も聞いちゃいなかった。
 二度と妄想はしない、と硬く硬く誓った。

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