秋、果ての岬 -Alone-

第十三話

 二日目の協議に入った。
 幕営二日目。他の隊員はそれぞれ命じられた仕事。私は大尉のお供という建
前で近くの集落に付き添う。ほんとうのところは集落内の建物を地図へ正確に
落とし込むのが理由だ。私たちを迎え入れた集落の人々は遠巻きに、そして無
表情を貫く。
 中心部と思われる教会の二階に案内された。簡単な挨拶を交わし、席につく。
「早速明日の話だが、我々の攻撃は明日の午前三時に開始する。あちらの集落
の地図はいただけるだろうか」
 いきなり手の内を明かし、応対に出た老人に強い威圧を与える。
「はい、こちらです……それから、我々の誓約書も」
 かなり詳細な地図と、資料。そして幾多の署名の集められた紙が手渡される。
明日の戦闘が住民による依頼であり、正義にかなうことを証明するものだ。
「……了解した。ではあなた方を守る軍として正式に引き受けよう」
 大尉の視線が鋭かった。
 当然だ。万一の場合、戦闘による犠牲はこの集落にだって及ぶ。その後、基
地の建設の話になり、退席を命じられる。
 集落の中を歩き、各ポイントを落とし込む。といっても
「わかんないなあ」
 あまり目立ったこともできないので外から眺めて住居とか学校とか判断をす
るのだが。
「何しているの、お姉ちゃん」
 突然ズボンをつかまれて、驚く。
 子供だった。年の頃は七歳ほど。所詮外国人だし、外見だけでは性別までは
わからない。
 ちょうどいいや。
「あのさ、君。ちょっと案内してくれる?」
 こんな言葉でいいのだろうか。子供と接することなんて絶対にありえない職
場だからいまいちわからない。今はただ昔習った外国語の能力がありがたい。
 一瞬の思案の後。
「うん、いいよ」
 子供が駆け出した。その後を追いかける。
 で、日の暮れる頃。
 結局猫の通り道とトンボのとれる川の流れと、秘密基地の場所には詳しくなっ
た。一緒に川遊びもすれば缶蹴りもやった。
 異国の、名も知らぬ鳥が鳴く。異国の太陽があの果ての岬に沈む茜色と同じ
色に空を染め上げる。
 秋の終わりが近いのかもしれない。
「お姉ちゃん。もう、帰るね」
 たくさんの子供と遊んで、最後までその子は私の側にいた。
「そうだよね。じゃ、家に帰ろうか」
 未舗装の道を手を繋いで歩く。いつか、除隊すれば私にも子供の手を引くよ
うな機会が訪れるのだろうか。
「ここでいいよ、お姉ちゃん」
 集落の中心部。教会の前で子供が手を離す。
「そっか。ありがとう」
 手を振る。
「うん。だって、お姉ちゃん、お父さんと同じ服を着ていたから」
 一瞬振っていた手を止めかけた。いろんな思いを振り切って笑顔を作り、も
う一度大きく手を振る。
 あ、いけない。大尉との待ち合わせを忘れていた。走る。
 集落外れ。トラックの荷台に大尉が寝そべっていた。
「た、大尉、申し訳ございません」
「……野上か。仕事ははかどったか」
 起き上がり、私のポケットに手を入れる。
「あっ」
 地点記録装置をつまみ出された。
「……トンボの取れる川、秘密基地その一、隣の子の家」
 ため息。
「ごめんなさい」
 これじゃ、今日一日の思い出だ。
「別に構わん。子供との遊びは楽しかったか」
「って見ていたんですか大尉」
 顔が赤くなった。
「まあ、な。あいつらが武器を携行していなければ見落とすところだったが」
 え。
「それでも彼らはお前を撃たなかった。その事実だけで十分じゃないか、野上」
 自分の能天気さにつくづく呆れてしまう。


 大尉には少しだけ怒られた。任務そっちのけで子供と遊んでいたことではな
く、現在地連絡を二度忘れたことだ。
 作戦まであと少し。食事をして仮眠をとった。驚く事に、大尉は仮眠すら取
らなかった。この人が寝ることはありえるのだろうか。
 午前一時三十分。暗闇の中に集合し、作戦内容が伝えられた。
 昼間交渉にあたった集落から少し離れた場所に廃ビルがあり、最近そこに拠
点を構えた軍隊の残存勢力を掃討する、というものだ。
「基本的にはゲリラとして接しろ。指揮官と思われる人物は……この写真の彼
だ。こいつについては見つけ次第捕縛し、部下と共に連行しろ」
 久しぶりの戦場だ。
「見山と能見は東北の尾根に陣取れ。逃亡した残党勢力を撃ち殺すのが任務だ。
坂上は後で私と打ち合わせだ。まず私が三階に侵入する。その後は普段どおり
上末と井坂に別れ、上末が二階を制圧、井坂が一階の制圧と民間人の保護。西
村は通信兵のおとりだ。通信機器を背負って上末のケツにかじりつけ。野上は
見山、能見の隣で索敵と敵味方識別の偽装をしろ。以上。準備にかかれ」
「はい、隊長」
 暗闇の中、最小限の声だけが聞こえる。

 高みの機関銃の近くに陣取る。月は沈み、時折吹く強い風だけが五感に訴え
かける。
『井坂です。待機完了しました』
『上末、準備完了です』
『見山、能見も大丈夫だ』
 皆の報告が入る。接続を開始。
「中隊、全員準備完了です。大尉」
 私が最後の連絡を伝える。これで戦闘を回避する最後のチャンスが消えた。
『千島だ。現時刻より作戦を開始する。野上、十秒後に打電しろ』
「了解しました」
 数字を数える。自分が少しだけ笑っているのが心地よくすらある。
 打電。
『午前三時と同時に攻撃を行う。一分以内に現状を放棄し、民間人を避難させ
よ』
 いきなりの最後通牒であり、事実上の全面戦闘を宣言する。もう、後には引
けない。
 当然扉が開く様子も、民間人の避難も何も見られない。
 そして一分が経過した。
 いきなりだった。突然三階から煙が発生し、続いて爆音が響き、目を潰さん
ばかりの光が溢れる。
『千島だ。突入しろ』
 その通信を上末、井坂分隊に伝える。
 玄関を爆破し、井坂曹長が建物になだれ込む。
「井坂曹長、東二十に五人、東二十五に四人です」
『了解』
 索敵開始。突撃した隊員に取り付けられたセンサーから内部状況を分析。
「野上ちゃん、外に飛び出した敵は索敵しなくていいわ。こっちでなんとかす
るから」
 右上から見山一曹の声が聞こえると同時に発砲の振動が伝わる。
 一応確認する。
 建物外に一人が倒れ、それを救助しに来た人間が撃ち殺される。スナイパー
の常套手段だ。
「な、大丈夫だろ」
 肉声で伝えられる楽しそうな声に背中を押される。建物内の索敵に全力を投
じた。突入要員の拾う熱源を解析させ、扉の向こうの状況を伝える。
 弾けとんだ熱源はデータから消去。
 圧倒的だった。反撃らしい反撃もないままに広すぎる建物を次々と制圧して
いく。大尉がいれば負けることも、傷つくこともありえない。
 そして敵の熱源がほぼ消えた。今は中庭に集められた非戦闘員と上末曹長の
近くに存在する三人の捕虜。
『上末。二階を制圧しました』
『井坂です。一階を制圧しました』
 同時に響いた。慌てて大尉との接続を復活させる。
『……こちらも三階を制圧したところだ。上末、ゲリラの司令官は拘束できた
か』
『はい、隊長。さきほど拘束し、部下数名と共に連行させています』
 さすが上末曹長だ。通信機器から大尉の笑い声の切れ端が聞こえてくる。
『了解。ご苦労だったな、上末。井坂は何かあったか』
『はい、大尉。全戦闘員の死亡を確認しました。なお非戦闘員については建物
裏手の中庭にて保護しております』
 あれほど苛烈な戦いだったのに、律儀に非戦闘員を保護したのだ。
 よかった。
 これで終わったんだ、そう思った。
『……了解、中庭には私が向かおう。ご苦労だったな、上末、井坂』
 隣で煙草を吸っている見山一曹と能見二曹を見る。
 笑っていた。
 そうして戦闘が終わった。
 両曹長が戻り、大尉が戻ってきたのが午前六時。なんでも爆発物の処理を坂
上二曹と行ったらしい。
 昇った太陽が夜を殺す。朝日に光る草の露すらまぶしい。
 血に汚れきった大尉が戻ってくる姿はただ、神々しかった。


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