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根本的な疑問に立ち戻るが、なぜこの部隊は「調査中隊」なのか。何を調査 し、なぜ小隊規模のくせに中隊と名乗るのか。 その理由がさきほどまでのミーティングで明らかにされた。 占領地基地新設計画。 極秘のスタンプがいくつも押された機密書類のタイトルだ。最初から説明す る気もないかのように、大尉は配るだけ配った機密書類を机の隅にどける。 「要するに占領地統治の礎となる基地候補地の住民交渉、残存勢力総統、周 辺散り調査をする。以上が我々の任務だ」 何か文句でもあるか、という顔で全体を眺める。最初から戦うために理屈も 理由も必要としない中隊の半分は熟睡し、半分は大尉の顔ばかりを見ていた。 話を聞いている奴なんて一人もいない。まさにアホである。 とまあ、それはとりあえず。現地調査をするから調査中隊という名前だとわ かった。 「それから……知ってのとおりだがお前たちの懲罰、賞与権外出許可その他を 掌握しているのは私だが、文句はあるか」 一応であるが、上官が変わって一ヵ月後、上官は過半数以上の部下の信任を 得なければならないことになっている。別に全員が上官にノーと言ったところ で上官が変わることはないし、律儀に聞くことすらも稀だ。 「井坂班は特に異議はありません……上末曹長、起きてくれますか」 机の逆から消しゴムを投げつける。よだれまでたらしていた上末曹長が目を こする。 「……上末。私がお前たちの指揮監督者でよいか、という話をしていたのだが」 「はい、むしろペットにしてください、隊長」 言うだけ言って机に倒れこんだ。 「……井坂、そこの粗大ゴミを始末しておけ」 「はい、後ほど言い聞かせておきます」 大尉が頭を抱え、こめかみをほぐす。 まあ、このアホらしいやりとりはともかくとして、だ。我らが千島大尉は私 たちの懲戒権限を持っているから、中隊なのである。 「では午前の部内会議は終了だ。何か質問はあるか」 「千島ちゃん。結局交戦の可能性はあるの」 見山一曹が腕を組んで大尉を見る。 「大いにある。ここ数日の市街戦戦闘訓練の成果を発揮しろ」 大尉の笑顔に皆が息を飲んで、笑顔を返した。 これが私たちの存在意義なのだから。 国を代表し、命をかけるなんて高潔なものじゃない。ただ、戦うのが好きだ から。 だから、戦う。 大尉一人が事務仕事に精を出し、私を含むその他の隊員は自らの専門分野を 他部隊に混じって訓練する日が続いた。結局、最初の一ヶ月はずっと一緒に行 動したけれど、それから三週間は朝に顔を合わせるだけになった。 そして少し肌寒さを感じるようになった頃。 初めての命令が下った。占領地の調査だ。 三日の休みが与えられ、魁峰と橘さんにだけは会っておいた。他に会いたい 人は中隊にしかいなかった。いまだ治安も何も保証されない場所に、世間の風 当たりの強い占領地に赴くというのに、私の中には誇りしかなかった。 最強の人たちと行動する。 強さという正義が、どんな言葉よりも真実が私の背中を押し、最高の指揮官 が私たちを受け止めてくれる。 最前線基地まで輸送機で飛び、用意された車に別れて乗った。戦争のあった ころと何も変わらない原野を車で行く。 「……能見。車を止めろ」 「は、大尉。ただいま」 何も言わなかった大尉が突如、原野の真っ只中で口を開く。 何かあったのか。ゲリラでも見つけたか、トラップでも見つけたか。 「随行は」 「必要ない。どうしてもというのなら、別に止めはしないが」 背中だけでそう答えてトラックの荷台から飛び降り、道を外れる。どこにど んな危険があるかも分からない原野の中を、だ。 ……待つ。 …………待ち続ける。 「なんだ、大尉、便秘か」 瞬間、余計なことを言ってしまった見山一曹の顔に上末アンド井坂曹長の蹴 りが炸裂する。 合掌。 「上末曹長、さすがに遅いので探しに行くべきだと思いますが」 「……そうだな。野上を連れて行け、井坂……見山、起きろ。何かあったら支 援してやれ」 まあ、見山一曹の言葉はともかく、何だかんだいってこの男臭い集団の中で 女性といえば大尉と私の二人だけだ。もし身体に何かあれば多分私が何とかし なければいけないのだろう、多分。 後ろで私たちに銃口が向いていると思うとお腹が痛くなるが、隣を歩く井坂 曹長に感じる安心で相殺だ。聞いてみる。 「井坂曹長、覚えていらっしゃいますか。私がお世話になったときのこと」 「……北部戦線、二百三全滅シナリオのことですね、野上さん」 丁寧な口調の中だった。私の初陣で、私以外の分隊全員が死んだ作戦だった。 何もできなかった。本来の索敵任務も通信任務すらも放棄し、敵に見つかる と分かっていても救援信号を打ちまくった。隊員の死体に隠れて過ごした。最 初から生きて戻れる公算なんてなかったと、後で聞かされた。 それでも、近くで撤収中だった井坂曹長の分隊が支援に向かってくれた。 「ありがとうございます」 すべての過程を無視して、私の全てを込めて感謝した。 「いえ、あれが救難部隊の通常任務です」 きっと、井坂曹長の言葉にも万感の思いが詰まっているのだと思う。この人 も、言葉にできない憧れと衝動を戦場にぶつけているのだと思う。 どこまでも続く草原にところどころ太陽の光を反射する池が美しかった。初 戦で見た、光景に似ていた。 「……大尉はあちらのほうでしょう。突然の襲撃については私が対処しますの で、野上さんが一人で行ってくれますか。さすがに大尉がケツ丸出しの状況に 遭遇すると殺されるでしょうから」 「大尉に言っておいてあげますね、井坂曹長」 笑いながら踏み跡を探り、大尉の姿を辿る。何もなさそうに見える草原と岩 の世界に冷たい風が心地よい。 そんな、心地の良い風景の中に大尉の背中が見えた。 「千島大尉、どうかしましたか」 「……野上。静かに来い」 大尉がしゃがみこんでいた。 「大尉、ご気分でも」 「いや……静かにしてくれるか」 こちらには振り向かずに大尉が一心に何かを見つめる。 その視線の先を見た。 「あ」 「……きれい、だろう」 相変わらずこちらを向かずに大尉がそっとつぶやく。 二匹の蝶が小さな花に止まっていた。その蝶の羽は半透明に透け、真ん中に 美しい赤色の斑点が映えていた。 そして、大尉がその姿を丁寧に書き写していた。 「わが国では絶滅したとされる高山蝶の親戚だ。なかなか見られるものではな い」 そう、告げていた。これまでのどんな訓練でも見せなかった笑顔を浮かべた 大尉がいた。 「こいつらには戦場も何も関係ないんだろう……使い古された言葉だな」 あのとき、ぬいぐるみを抱えて呆然としていた姿によく似ていた。やり忘れ た大昔の夢を追いかけるようなその姿に少し泣けてしまった。 「大尉は、大好きなんですね」 主語と述語以外の抜けた言葉だけで全部伝わる気がした。 「ああ、大好きだ。花も、この場所も、中隊の奴らも、みんな大好きだ」 だから大尉は戦場を駆けるのだろう。 私はそんな大尉が大好きだ。 |
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