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休日明けの勤務は地獄である。魁峰の農園でだらけきった生活を送りまくっ ていたせいだ。 ま、駄々をこねているわけにもいかず、長い距離を魁峰の車に乗せてもらっ て仕事復帰。いつもどおり門衛にパスカードを示し、目を閉じても間違わない 自室へと向かう。下士官W2032、あ。 そうだ。今日から部屋も変更だ。現実逃避していたが、階級は二曹、待遇は 准尉、居住施設も士官棟に変更。案内なんてあるはずもない基地の中を方向音 痴の頭脳で必死にマッピングし、一時間をかけて五十メートル離れた士官居住 棟を見つけだす。 一番下の北の隅、太陽はあたらないけれど芝生が綺麗だから我慢しよう。誰 かが運び出してくれたのか、部屋の中には私物と机の中身一式、企画広報室で 見た制服備品その他のダンボール。 まずは引越しだ。紙袋を破って新品の作業着を取り出し、袖を通す。その勢 いで片っ端からダンボールをやっつけてその辺にしまいこみ、雪崩が起きない 絶妙のバランスで積み上げる。 「あ、そういえば」 思い出した。 あの時、企画広報室の坂元中佐からもらった記憶装置の中身をまだ見ていな かった。新設部隊の概要を記したというやつだ。機密箱をあさり、銀色の硬貨 くらいの大きさのものを取り出す。 「久しぶりよね、これ入れるのも」 脳に直接接続できる記憶装置に破損があれば一瞬で死んでしまうかもしれな い。入念にチェックする。 『……ディスク、エラーなし』 これでエラーを理由に引き返すことはできなくなった。覚悟を決め、後髪を たくし上げて差込口を探る。普段は絶対に見えないが、そこが記憶装置の挿入 口だ。幼い頃、神経と機械を接続できる端末を埋め込まれたらしく、直接情報 を脳に送るという便利な仕様になっている。おかげで試験勉強には困らないが、 子供の頃は少しばかりいじめられた。魁峰が助けてくれたから平気だったけれ ど。 「……ん」 目を閉じる。頭に情報があふれ出す。 調査中隊の概要について 1.設置の目的 わが国は昨年長期にわたった戦闘に勝利したが、依然国外割譲地のゲリラお よび敵国軍残存勢力の脅威にさらされている……そこでわが国の新領土の治安 維持を目的とし、調査の足がかりとなる基地の設置および旧敵国残存勢力の掃 討作戦を行うため……北方方面隊に調査中隊を設置することとした。 2.運用方針 調査中隊の運用については有事、作戦の際には中央司令部による直接監督と する。なお、通常業務の際には空軍北方方面隊に所属する。予算については海 外領土審議会(政府および関連企業の有識者より構成)より充当されるものとす る。 3.構成 調査中隊は中央司令部隷下の組織であるため(以下、照会の権限がありません) なお、直接運用者については以下に定める通りとする。 監督指揮官:一名 空軍大尉をこれにあてる 直接指揮官:二名 陸軍曹長および空軍曹長をこれにあてる 実務要員:十六名 各軍一曹以下をこれにあてる 通信兼総務係:一名 空軍二曹をこれにあてる 詳細については別添資料を参照 4.隊規および服務規程について 隊旗、隊歌については特に定めない。服務規程については通常軍規に準ずる。 服務指導、戒告までの懲戒および外出休養許可については監督指揮官が決裁す る。 5.身分について 監督指揮官については佐官級待遇、直接指揮官については尉官級待遇、その 他については准尉待遇を受けるものとする。なお、調査中隊から転属した場合 の対応については別途定める。 以下、別添資料 ……まあ、堅苦しい公文書であるが噛み砕いてしまうと 「戦争が終わったのに実働で動きなさいってことかなあ」 なるほど、突然の昇進は命を張れという暗黙の圧迫だったわけだ。それはと もかく、なぜに二十人ぽっちの部隊で「中隊」なのだろう。どう考えたって大 きさは小隊クラスなのだが。 まあいい。堅苦しい文書はすっ飛ばして、別添の個人履歴でも見よう。 氏名:野上葵(のがみあおい) 年齢:二十二歳 階級:空軍二曹(准尉待遇) 識別番号:AOE-01-W33592 経歴:北方方面隊採用、空軍北方兵学校配属通信および外国語専攻。第一旅 団機動部隊所属(索敵、通信担当)。旅団解散後、北方方面隊情報管理室に技吏 として配属。 叙勲:銅星一等(2回) 特記事項:強化プログラム受検者 私の人事記録である。顔写真が入隊当時の十五歳だというのはさすがに笑え る。戦死したら識別番号以外で照合できない。 「自分で言うのもなんだけど平凡ね。さて次は」 中隊の面子が次々と現れ、頭の中に筋肉の塊のようなプロフィールが並んだ。 …… ………… ……………… 工兵部隊に懲罰部隊、空挺部隊に歩兵部隊偵察要員、挙句の果てには前線輸 送隊。どこもここも最前線に集う部隊だ。エリート空挺はともかくとして、工 兵に懲罰に輸送なんて死体一掴みいくらの世界である。履歴をめくる。 「うわ、この人って鬼の上末さんじゃない」 唖然とした。あの厳しい陸軍の中でも鬼とあだ名されるほどの畏怖をあつめ た曹長だ。陸軍の第一空挺小隊に所属し、占領地の反攻拠点を次々と制圧した 雄雄しい戦歴は尾ひれをつけて語られる。その戦いには容赦がなく、まさに敵 にとっては死神、味方にとっては力強き武神。一緒の隊になると思っただけで 身震いがする。 「こっちは仏の井坂さんだ。お世話になったな」 顔がほころびそうになる。最前線で救難救助に徹した人だ。所属は空軍救難 救助部隊。死を覚悟した部隊も、救難救助部隊の姿を見れば希望に満ち溢れた。 私もお世話になったことがある。 初めての戦闘だった。二十五人の分隊がわずが一時間で三人しか生き残らな かった。自分の不運を呪った。そんな地獄に現れ、私を助けてくれたのが救難 救助部隊だった。私のような通信兵や死を約束された工兵にとっては仏のよう な存在である。 いろんな感慨にふけり、次々と名簿を眺める。 人選だけを見れば陸、空のエースを選りすぐってきたような集団。体力一級 どころか特級だって珍しくはない。叙勲だって数知れず。三光金星一等の人も いる。こんなのを下士官の身で授かろうとするのなら敵の一個中隊でも撃破し たとしか思えない。経歴は全員が中卒後に軍学校入隊、根っからの実務戦闘要 員だ。まさに生きる兵器である。 そして最後、脚注には必ずこう書かれている。 特記事項:強化プログラム受検者。 普通の人がその言葉を見ても「レンジャー教育みたいなものだろう」なんて 思うかもしれないが、全く違う。開発途中で頓挫した計画の名前だ。実は私も 受検しているため、強化プログラムについては少々禁を犯して調べてみたこと がある。 一般の軍属たちは噂でしか知らないけれど、「それ」は確かに存在する。完 璧な兵士を作ろうという計画の下、人間の脳の抑制能力を外科的、内科的手法 により開放したのだ。 脳に対する外科的アクセスは一般的に行われている。例えば私の後頭部に埋 め込まれた外部接続端子なんてその典型例だ。が、強化プログラムは脳内部の 制御機能を改変するのだ。例えば理論的には小脳の一部を切除すれば筋力は大 幅に上がる。でも、現実には予期せぬ後遺症、意図せぬ行動を取らせてしまう。 こんな試験に普通の子供を使うわけにはいかない。だから強化プログラムの達 成者は全員、戦災遺児なのだ。だが、一般に「強化プログラム」が明らかにさ れていないのは彼らが戦災遺児だとかそういう理由では無い。 強化プラグラム受検歴が第一級の機密にされるのは非常に単純な理由による 。除隊後に前代未聞の暴力事件を起こすことが多いからだ。 理性を失った代わりに人間以上の力を持った存在となった死神。個人戦闘の プロであり、この国に勝利をもたらせた賞賛を浴びない英雄たち。 「……隊長、どんな人だろ」 目尻を拭いて、隊長の経歴を探る。 名前:千島桔梗(ちしまききょう) 顔写真については紹介の権限がありませ ん。 年齢:三十歳 階級:空軍大尉(中佐待遇) 昇進暦については照会の権限がありません 識別番号:AOO-**-W***** 経歴:北方大学卒業および空軍将校課程首席修了。中央司令室所属。以下、 照会の権限がありません 叙勲:照会の権限がありません 戦闘成績:照会の権限がありません 特記事項:強化プログラム受検者 なんだこりゃ。 「顔写真まで閲覧不可って」 経歴だけを見ると思いっきりのエリートだ。体力・能力共に難関を極めると いう空軍将校課程を女性の身で首席修了し、三十歳で大尉。中央司令室がよだ れをたらして欲しがりそうな人材の典型である。昇進の速度もおそらく最速だ ろう。これだけ人数の多い組織なのだから三十歳の女性大尉だっているにはい るだろう、が稀だ。部外秘の将校名簿にアクセスする。 千島桔梗、女性で検索 …… ………… ……………… 『該当がありません。検索条件を変更してください』 「え、どうして出てこないのよ」 こうなったら元通信兵の意地を見せつけて機密の一つや二つくらいやっつけ てやる。 頭のスイッチが入った。 情報管理室の権限管理を瞬殺し、人事担当将校のIDを捏造する。痕跡は橘准 尉を匂わせておいてやろう。 もう一度、将校名簿を千島桔梗で検索。 …… ………… …………………… 『該当がありません。検索条件を変更してください』 「……そんな」 紹介の権限がありません、ならまだいい。だが、該当なしである。いくら秘 匿されようとも将校名簿には名前すら載っていないというのはおかしい。たと え対外交渉部隊にいようとも名前くらいは出てくるはずだ。このIDで名前が出 てこないということは人事からも給料支出からも漏れていることになる。 軍属ではない、といってしまっても差し支えない。 一番考えられるのは誤字。次に考えられるのがデータ通信上のエラー。考え にくいが検索システムのエラーかもしれない。氏名登録ミスってのも結構大き な可能性だ。 「疑い出すときりがない、けど」 ふと、思い当たる。 橘准尉だ。 私が企画広報室の坂元中佐に連れられたとき、橘准尉がいた。いや、それ以 前に橘准尉は魁峰に会い、私の人事を漏らしていた。あの人なら何かを知って いるかもしれない。 通信機に手を伸ばす。 『はい、北方方面隊内線局です。交換希望場所の入力を行ってください。なお、』 長ったらしい機械音声を押し殺す。 「下士、いえ士官W1085室の野上です。音楽小隊の橘准尉に接続してくだ さい」 自分の所属とつないでほしい場所を言えばそれだけでつないでくれる。便利 な世の中だ。やけにのんびりした保留音にあくびが出そう。 『はいはい、音楽小隊の藤崎ちゃんです』 …… 音楽小隊は全員おかしいのか。 「……野上と申しますが、橘准尉は」 『えー今日は私以外全員休み。橘は外出みたいだし、明日の昼からならいると 思うよ』 今日と明日の前半が休み、なのだろうか。 「連絡は取れますか」 『明日の午前中は儀仗で音楽隊が出るからね。あー伝言だけなら残しといてあ げるけど』 「いえ、結構です。失礼しました」 …… なんだかとても疲れた。時間を無駄にしたような気もする。 ため息。これ以上探るのはやめておこう。 大卒の新米大尉であっても、たたき上げの大尉であっても、仕事をする以上 は上司を選ぶ権利なんてない。せっかくの個人の才能を生かしきれない上司で あっても命令は絶対。決められたことを淡々と進めるのが下士官だ。 百の命令に百の成果を持って応える。成果は八十や百二十ではいけない。そ れが私たち実働の人間のあるべき姿。まったく、軍隊という組織はこの世で一 番公務員らしい組織である。 時間は午後三時。このまま仕事を終わらせるのはさすがになんとなく悪い気 がする。せっかくだ。明日からの仕事場を見て、ついでに大尉の執務室を使え るようにしておこう。居住施設を発ち、第三兵舎へと向かった。 白を基調とした無機質の廊下を過ぎ、一見何もなさそうな壁の前で止まり、 配電盤としか思えない小さな端末に手を添えて告げる。 「野上、入室します」 佐官クラスの執務室の認証は遺伝子チェックだ。例えばこの部屋の場合、明 日赴任する大尉と私以外の人間では開けることができない仕組みになっている。 考えてみればものすごい生体認証だ。さすが、このちっぽけな国を勝利に導い ただけある。前室で携帯武器登録を済ませ、扉を開いた。 新築の家のにおいがする、真っ白な部屋だった。安全に配慮してであるのは わかるが、窓も何もない。少し寂しい。 この果ての岬にある基地の唯一の売りは澄み切った青空なのに。 机の上にまだ袋をかぶった国旗と士官用制服。ロックが佐官クラスなら部屋 の広さも机の大きさも佐官級だ。 が。 「大卒で中央、それで突然中隊長、かあ。大変だよね」 微妙な親近感といたずら心が湧いた。境遇も何もかも違うだろうに。 部隊で女性なのは私と隊長の二人だけだ。そして戦闘経験では多分、私の方 が上。これで何か感じずにいられるほうがおかしい。 そう、世界各国あらゆる部隊で繰り広げられてきた血と涙に彩られた麗しい 伝統行事である。新しく赴任する上官はからかいの洗礼を受けるのだ。 以前着任した少佐なんて、部屋に紙おむつを置かれていた。ご愛嬌である。 「とりあえず女の人みたいだし、それっぽく飾ってみようかな」 からかってみたい、という気持ちもあった。でも、それ以上にこんなにも殺 風景な部屋が悲しかった。どんな事情か知らないけれど、戦争という生き方を 選んだ女同士、心の底では歓迎してあげたい。 なんて建前をでっちあげつつ自室に戻ってありとあらゆる可愛らしいものを 取ってくる。ついでに基地の知り合いの女性下士官たちにも頭を下げてありと あらゆる可愛らしいものを頂戴する。台車にあふれんばかりの荷物を抱え、出 来うる限りのセンスで飾り付ける。 で、日も落ちた頃。 「……さすがにやりすぎちゃったかな」 小学生のお誕生会も恥ずかしくなるくらい飾りつけた。なんとなく西洋人形 の館の様相を呈しているあたり、意外と私には部屋の飾りつけの才能があるの かもしれない。 ま、いっか。たまには息抜きだって必要だ。十分に仕事をした。休息をとっ て明日に備えよう。 |
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