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そこにはぬいぐるみがあり、観葉植物があり、古びた時計まで供えている。 一見すると趣味のアンティークショップのようであるが、実は違う。当然小 物屋さんでもなければ百円ショップでもない。 信じられないことに。 そう、信じられないことに、ここは歴史と伝統の栄えある北方方面隊、情報 管理室である。 簡単に言えば軍事基地の一角、付け加えておくと最上階の一角だ。 この国の果ての岬に立つ滑走路と広大な演習場を備えた大型基地。要するに 国土防衛の最強の砦だ、ということになっている。 隣の管制塔の硬質ガラスを反射する太陽が部屋の中に微妙な明かりをもたら し、最上階独特の空気を作るはず、なのだが緊張感などかけらもない。緊急発 着でもあれば即座に混乱に陥ること間違いなしなのであるが、誰も気に留めな い。 だって。 もう戦争は終わったのだ。一年前の話である。突然敵国でクーデターが起こ り、半世紀以上も続いた戦争に全面勝利してしまったわけだ。あまりの超展開っ ぷりに誰もが拍子抜けしたが、それでも戦争終了という事実は私たちの生活を 大きく変えた。 例えば私の仕事も情報管理なんてたいそうな名前がついているが、別にどこ かを防諜するわけでも暗号解読でもなんでもない。この世で一番目か二番目に 報われない職業の代名詞、システム管理だ。隊員の私物パソコン管理に至って はアホバカマヌケの三拍子そろった恨みを買いながら四方八方に頭を下げる。 各室に一台プリンタを新調してやっても感謝なんてされたことはない。まあ、 軍人が報われるようになると世も末なので半分は諦めている。 その代わり仕事場に小物が並んでいようが、机をかわいらしく飾ってみよう が、コーヒーを飲みながら机に向かおうが、少しくらいは自由にさせてくれたっ ていいと思う。いや、問題ありなのだが、咎める風紀も上司もどこ吹く風、明 日にでも査察があれば血を見るだろう。 さて、なぜこれほどまでに自由なのか。 答は簡単だ。 ここは空軍基地だからである。例えばここが陸軍であればいくら戦争が終わっ たところでこんな和やかな空気など流れない。体力一級バッジをつけた筋肉が 廊下の真ん中を肩で風切って歩き、泥水をすすりながらレンジャーとか叫びつ つ片足空気椅子と片手懸垂の世界。あんなところの情報管理なら飛脚を使って 通信させていても不思議ではない。海軍は比較対象にならない。そもそも生活 リズムからして違う。平時ですら二時間勤務、四時間休憩を繰り返しまさに夜 昼関係なく寝て起きて勤務する。いかにも軍隊らしい姿から考えると空軍とい うのは非常にぬるま湯である。歴史的に最も浅く、創設期の将軍がとにかくリ ベラルな人だったこともあるらしいが、とにかく自由かつ気楽だ。組織図だっ てエースパイロットとその応援団みたいな感じだから命令系統も結構適当だっ たりする。飛行隊と救難救助隊以外は上から下まで体力なし、体力一級バッジ なんて見た瞬間に廊下で回れ右してトイレに入りたくなる。雑多な要員の詰め 合わせだから軍全体の法務も庶務も引き受けている。人員は最も少ないが、職 種でいえば一番多い。格好よく言えば標本箱、悪く言えば吹き溜まりである。 数は少ないくせにいろんな人材が揃っているため、統制が取れにくい。で、こ のいろんな人材というのが非常にやっかいなもので 「野上、遊びに来たぞ」 なんて軍規も仕事時間もクソもない言葉遣いで話し、勝手に人の仕事場にま で踏み込んできては延々とコーヒーを飲んでいるアホ 「仕事中に遊びに来ないでください准尉。今日は何の用事ですか」 橘准尉である。 橘幸一。 空軍北方方面隊音楽儀仗隊の音楽小隊に所属。階級はこの前の降格人事で少 尉から准尉。空軍至上最大の汚点だとか黒歴史だとかネタキャラだとか言われ たい放題であるが意外にも人気は高い。 「だから遊ぶ用事だって。邪魔するぜ」 「邪魔って自覚だけはあるんですね。もう少し察しがよければいいんですけど」 相手にすると仕事が終わらないので適当にあしらっておく。そう、なんだか んだ言われている曰くつきの人であるが、実のところ結構気配を読んだ行動を 取ってくれるので扱いさえ分かっていれば適度な息抜きにはなってくれる。 それに、非常に悔しいことだが橘准尉に儀仗をさせ楽器を持たせると絵にな る。普段はだらけきった空気を出しまくりの放ちまくりなのだが、儀仗になる とその長身と無駄に格好いい姿が映えるのだ。 中学生くらいが往々にしてアウトローを気取る奴を格好いいと思うのと同じ ように、私の友人である女性下士官なんかは橘准尉に好意を抱くらしい。 もっとも、遠くから眺めてであり、本気にする人は誰もいない。 「野上、暇だからゲームでもインストールして遊んどくな」 「しないでくださいっ……それ管制室につながっているんです。」 「そうか、ならフライトシミュレーターでもインストール」 頭が痛くなる。このアホをアンインストールする方法を教えて欲しい。 「はいはい後でやりましょうね。ほら、昨日拾ったルービックキューブ上げま すから完成させておいてください」 これで三十分は黙っているだろう。さて、仕事 「はい出来上がり」 「え、そんな」 見る。確かに全色揃っている。実はこの人、類稀なる才能を持ってい 「ま、シールを張り替えただけなんだけどな」 訂正。無視する。 「……野上、何か仕事手伝おうか。お、配線が外れているな。どれ」 ごつん。 「それ、やった瞬間に施設警務官が飛んできますよ。ここに来るならじっとし ておいてください。橘准尉に情報を管理されてしまうと空軍も終わりです」 「暇なんだよな。最近仕事も減ってさ」 なぜ空軍はこんな奴を准尉、元少尉なんて階級で雇っているのか。 と、橘准尉の目線が怪しい。次の玩具を探し始めたようだ。いらぬことをさ れて仕事を増やされる前に手を打っておく。 「橘准尉、音楽小隊の次のお披露目はいつなんです」 義務感丸出しで仕事の予定を聞いてみた。 「次は八月の競馬の儀仗演奏。で九月の基地祭と勝利記念祭と将軍交代式、ま だあるな。一個くらい無視して遊びに行くか、野上。昼の食事くらいならおごっ てやるぞ」 「みみっちいですね、遠慮しておきます」 「なんでだよ。軍務さぼって遊びだぞ。大胆じゃないか。普通に懲罰ものだ」 そんなところで大胆になるな。 「そんな身勝手なことをするから降格になるんですよ、ほんとうに」 まったく。降格人事なんて初めて聞いた。 「いや、降格はこの前の師団対抗運動会でつい気合が入りすぎて届出以外の曲 を演奏しすぎたのが原因だ。いわゆる仕事のし過ぎってやつか。俺、報われな いよな」 それは任務放棄と言うのだ。 「ま、盛り上がりましたけど。軍なんてやめて音楽の道でも食べていけるんじゃ ないですか」 勇壮な軍曲の途中で壮大なロックだ。上の人には刺激が強すぎたのだろう。 「……そうだな、平和だからな、今は。もう鎮魂歌を演奏する時代じゃない」 コーヒーを飲みながら一言。そう言った。 そう、平和なのである。信じがたいほどに長い泥沼を戦ってきたこの国は半 世紀以上ぶりにようやくその行為を勝利という形で終了させた。物資統制も、 報道規制も、兵役義務も、ありとあらゆる制約が一気に外れ、ついでに軍規す らも多少たがが外れ、元々たがの外れた橘准尉に至っては単なるお騒がせとなっ たわけだ。 「平和が一番、ですね」 かつて最前線で通信兵をしていた頃を一瞬思い出し、私も備えつけのポット でココアを入れ、キーボードに向かう。 と、その前にさすがに邪魔なので誕生日プレゼントとか言って橘准尉からも らったぬいぐるみを足元に下ろし、衝動買いした観葉植物を隣に移動させ、 「野上一等空士」 斜め右から鋭い声が飛んできた。心の中でだけ舌打ちしておく。 「お、呼び出しか」 「准尉、机の中とか勝手に開けないでくださいね」 「机の上ならいいのか」 「……机の中よりは許します」 それだけ言って席を立った。 一等空士。 軍隊勤務約十年でたった二階級しか上がらなかった私の現在の身分である。 が、階級が上であれば能力も上というわけではなく、例えば私を呼んだ南中 尉なんて情報管理のことなんて何も知らない整備畑出身の幹部コースだ。 「はい、ただいま」 脊髄にまでしみこんだ習慣が全ての感情をしっかりと閉じこめ、そちらに向 かう。頭の中でだけ小隊長の背中にハイキック。 「……野上空士、あれはなんだ」 小隊長が指を差す。 「……橘、准尉ですか」 「違う。あの役立たずが今触っているものだ」 見る。役立たずこと橘准尉の触っているものは 「……観葉植物です。朝と夜で葉の色が変わるというものでして」 今更何を、そう思った。 「まったくな。私物は持ち込むなと言われているだろう。最近のたるみは何だ 一体」 なんだ。結局はこいつも暇だったから部下を呼びつけて暇つぶしか。で、説 教が始まり延々と軍規について説きまくるのだが、たるんでいるのはお前の腹 だろうといってやりたい。小隊長より私の方が軍隊生活はずっと長いし、最前 線にずっといたのだ。歴戦の名将の名を挙げて説教してやりたいのはこっちだ、 が。 こんなときだけ階級が邪魔だ。 「だいたいだな、お前の肩に引っ付いている階級標識はおもちゃ……ん、準優 先連絡か。野上空士、すこし待て」 たいした理由もなく呼びつけては説教する方がよほど仕事の邪魔であるよう な気もするが、どうだっていい。こんな無駄な時間だって平和の代償だと思え ば安いものだ。私の席のあたりで橘准尉が笑って手を振る。あっちにも想像上 だけで殴りこみを入れておいた。 「な、なんだ」 搾り出したかのような、小さな声に振り返ると南中尉が顔を青くしていた。 「あの南少尉、気分でも」 そう言いながら身構える。緊急時に備え、全ての工程を手動に切り替える方 法を思い描く。いざとなればこの部屋で戦力になる人間は私一人しかいない。 「野上一等空士。本日九時をもって全ての任を解くこととなった、そうだ」 「……はい?」 |
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